2022
05.27
Vol.71 ② 巻頭インタビュー・音尾琢真
「逃がした魚は、大きくない!」 俳優・音尾琢真の釣り人生  番外編

西表島のサンゴの海とマングローブリバーで猛魚に挑む

取材・文◎本誌編集部
写真◎西野嘉憲

 2019年のNHK・朝の連続ドラマ小説『なつぞら』で、ヒロインが育つ牧場に勤める牧夫・戸村菊介役を演じた北海道旭川市出身の音尾琢真(おとお たくま)さん。大学在学中に演劇研究会に所属し、「劇団イナダ組」の舞台に衝撃を受けて入団。その後、同期の大泉洋さんらとともに演劇ユニット「TEAM NACS(チームナックス)」を結成し、現在、舞台、映画、テレビドラマなどで幅広く活躍している。
 音尾さんは、水たまりがあれば無意識にのぞいてしまうという大の釣り好きで、東京湾のシーバス、相模湾のキハダマグロ、地元北海道ではイトウやビッグレインボーなどを追いかける、大物志向のルアーアングラーだ。そこで、2021年ユネスコの世界自然遺産に認定された西表島(いりおもてじま)の美しい海に28フィートのキャスティングボートを走らせ、2日間にわたりビッグルアーを投じた。

八重山諸島の遠浅のサンゴ礁の海へ、ルアーを投げ続けて結果を出した音尾さん。「役者経験を積むうちにわかってきたのは、唯一の答えはなく、状況に応じて臨機応変に対応していくことです。それは釣りにも通じることです」と言う。

 西表島と石垣島を中心に、その周囲に点在する竹富島、小浜島、黒島、新城島(あらぐすくじま)の東西約20km、南北約15kmにわたって広がるサンゴ礁海域は、石垣島の“石”と西表島の“西”から名付けられ「石西礁湖(せきせいしょうこ)」と呼ばれている。石西礁湖の水深は、10~20mと比較的深く、堡礁型(ほしょうがた)に近いサンゴ礁が発達しているのが特徴だ。そこにはさまざまな魚類が生息し大型回遊魚が訪れ、GT(ロウニンアジ)の聖地でもある。西表島からGTにアプローチする場合、そうした石西礁湖はもちろんだが、新しく開拓された西表島西岸の船浦、外離島(そとばなれじま)や内離島(うちばなれじま)、西表島北方に浮かぶ鳩間島周辺も水深が浅く、好ポイントが多い。

沖縄ではアカジンと呼ばれるハタ科のスジアラ。沖縄県や鹿児島県、長崎県に生息し、それぞれの地域で高級魚として親しまれている。白身でうま味がある魚で、沖縄県では沖縄三大高級魚となっている。

 GTフィッシングに魅了され、27年前に西表島に移住したフィッシングガイドの永井洋一さんが操船する28フィートのキャスティングボートは、北風を避けるように西へ西へと波間を飛び越えて疾走する。
「南の島のGTフィッシングは、北海道生まれの私にとって憧れの釣りなんです!」と、音尾さんは、エンジン音に負けない張りのある声と嬉々とした笑顔で話す。そして、ボートが最初のポイントに着くやいなや、GTロッドを左手に握り船首にすっと立ち上がり指示を待つ。永井さんは「船首方向10時から11時の間です」と、右手で手振りを交えながらルアーのキャスティング方向を示す。
 すると高校時代、新体操部に所属していた音尾さんは、揺れるバウデッキの上でも抜群のバランス感覚で、GT用の太くて重いルアーを遠くに広がる積乱雲に向け、力の限り投げ込みだした。ところがこの日は本命のGTのアタリが少なく掛かってもフッキングが浅く、少ないチャンスをものにできない。しかし、音尾さんの釣りへの熱意は本物。不安定な甲板でもとにかく投げて、投げて投げまくり、本命ではないが良型のバラハタ、納竿寸前に沖縄でアカジンと呼ばれるハタ科の高級魚、スジアラの60㎝超えまで釣り上げて初日の釣りを終了した。

西表島が世界自然遺産に登録された大きな理由は、この広大なマングローブ林を含む生物多様性だ。

 翌日は、早朝から西表島ならではの釣り、マングローブフィッシングに出掛けた。八重山諸島最大の西表島は、面積約289㎢、周囲約130km。沖縄県内では沖縄本島に次いで2番目に大きな島だ。北緯24度、東経123度に位置し、亜熱帯海洋性気候に属する島の約90%が原生林に覆われ、イリオモテヤマネコをはじめカンムリワシ、ヤエヤマセマルハコガメなど、15種の国指定天然記念物が生息。「東洋のガラパゴス」と呼ばれるほど、学術的にも貴重な場所であることは周知されている。しかし、大小合わせて約40の川が島内を流れ、その多くの河口付近でマングローブが発達し、島の南部を流れる仲間川流域が日本全体のマングローブの面積の約4分の1を占めていることは、それほど知られていない。
 西表島は、石垣島など他の八重山諸島の島々と同じく、石西礁湖を筆頭に広大なサンゴ礁群落に囲まれており、もちろん島の周囲での海釣りも盛んだが西表島の釣りといえば、やはりマングローブを中心としたフライやルアーゲームだろう。

マングローブの木立の下に岩などがあれば、そこがポイント。できるだけ正確にビシッとルアーを放り込むことが肝心だ。それがうまくいけば、写真のようなビックファイトが楽しめる。

 ボートで仲良川(なからがわ)を遡上し、左右を深いマングローブに覆われた浅瀬にボートを係留する。川に立ち込んだ音尾さんは、密集したマングローブの幼木の横に立って顔を空に向けている。肌の露出が多い顔面で、微妙な風の動きを測っているようだ。そして、周囲を注意深く見渡すとガイドの永井さんの指示に従い、沖側から岸辺に向けてルアーをキャストした。
「マングローブの中に入り込んでいる魚は、ルアーが林の陰から出ると急に追わなくなります。ですから枝と枝の間、ブッシュの奥に突き刺すようにルアーをキャストするのが、ここで魚を釣るコツです」と、ガイドの永井さんは言う。

西表島の川は、満潮時はマングローブ林の奥の方まで水が満たされるため、ベイトである魚を奥の浅瀬に追い込んで捕食する習性から、満潮ではなかなか釣れない。逆に水が引くと魚も居場所がなくなり徐々に出てくるため、そこが狙い目。満潮から下げを狙うというのがセオリーだ。写真はナンヨウチヌ。

西表島のフィッシングガイドサービス「ONE OCEAN」の永井洋一さん(写真左)。音尾さんとも意気投合。釣り人の気質とテクニックを理解しサポートしてくれる。
http://www.oneocean.jp/

 マングローブの川で生息する魚たちはテリトリー意識もあり、鳥類などへの警戒心も強いのだろう。岩場に居つく魚も同じで、ルアーが大きな岩の陰から離れると、急に追わなくなるという。そうした魚へのアプローチはルアーでもフライでも同じで、正確なキャスティングコントロールが要求される。
 また、基本的にフィッシュイーター(魚食性)の魚であるため、ベイトフィッシュも含め釣果は潮汐にも左右される。キャスティングだけでなく潮を意識するとマングローブの釣りは、ますます面白くなるという。
 音尾さんは、永井さんのこうしたアドバイスを忠実に受け止め、西表島のマングローブ河川の帝王と呼ばれるマングローブジャック(ゴマフエダイ)やナンヨウチヌなどを次々と釣り上げた。

西表島のマングローブで絶対に釣りたいマングローブジャック(ゴマフエダイ)。音尾さんは最後の最後、見事に釣り上げた。

「ルアーフィッシングの面白さは、純粋に『餌ではないもので釣っている感覚』と『自分で操作している感覚』です。金属を自分で操って、疑似餌を新たな生き物として生み出しているような醍醐味があります。なにしろルアーにいい演技をさせなければ釣れません。まさにルアーフィッシングは演技だと思うのです。演じるのが上手くいけば釣れるし、演技が下手だと釣れません。西表島の釣りは、その差が顕著に表れますね。僕は役者ですが、そういう意味では水際のルアーの演技はまだまだかな(笑)」

音尾琢真(おとお たくま)
俳優。1976年北海道旭川市生まれ。北海学園大学在学中に演劇研究会に所属し、その後、稲田博主宰の「劇団イナダ組」に入団。1996年に北海学園大学演劇研究会出身の森崎博之、安田顕、戸次重幸、大泉洋と結成した演劇ユニット「TEAM NACS(チームナックス)」メンバー。2005年から活動の幅を全国に広げ、舞台、映画、ドラマなどで活動中。ラジオでも北海道で8年間番組パーソナリティーを務め、現在はAIR DOのスカイオーディオを担当中。映画『孤狼の血』シリーズ、『るろうに剣心 最終章 The Final』など、さまざまな映画やドラマに出演。2022年公開の映画『今はちょっと、ついてないだけ』『死刑にいたる病』に出演。

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