2017
10.20
Vol.57 ③
特集『“技の奥儀、テンカラの秘密”』
「秘伝が培われた理由」より

各地のテンカラ釣りには、日本の風土が凝縮している

文◎斉藤和士 毛鉤図◎藤岡美和 写真◎能丸健太郎

川底は花崗岩であるため、増水しても濁りがきつくないことが、この日の救い。イワナたちは、まるで川岸にへばりつくようにこの大雨をしのいでいた。

 霧のように細かい雨がレインギアの隙間から細い筋となって侵入し、ヒヤッとした冷感とともに肌を刺す。金沢市の北東に広がる山々から流れ出る渓の畔の木々は、見事な新緑を迎えているというのに、このいわゆる“氷雨(ひさめ)”は、なんとしたことだろうか。
 前日の夕方から降り出した雨は、夜半過ぎに強い雨となり、明け方にはその勢いが失せたとはいえ、目の前の流れは強く重たい。それでもテンカラ釣り研究の第一人者、石垣尚男先生と伝承毛鉤研究の第一人者、藤岡美和さんは、この氷雨を気にするでもなく、足早に入渓していく。

『加賀のテンカラ毛鉤』。この毛鉤は、今回の取材で訪れた金沢の『目細八郎兵衛商店』のテンカラ毛鉤を藤岡さんがスケッチしたもの。加賀のアユ毛鉤の特徴を残したテンカラ毛鉤だ。

 氷雨といえば、釣りをこよなく愛した、大文豪の幸田露伴もその随筆作品『知々夫紀行』のなかで、《さまざまの物語する序に、氷雨塚というもののこのあたりにあるべきはずなるが……》 という記述があり、東京の下町に住む露伴が目の前を流れる荒川に魅かれ、友人をともない秩父の源流にまで遡った、という紀行文だ。その中で国神の大淵に「氷雨塚」があり、氷雨塚は水の神を祀り、龍宮への入り口だと記述している。
 渓谷をすっぽり包む冷たい雨にさらされ、渓の畔にたたずんでいると、そんな話を思い出した。そして、昨夜からのこれだけの雨量で20㎝以上は増水しているにもかかわらず、目の前の清流に濁りはない。「ひょっとすると、龍宮につながっているのか?」と、悪天候のなかで一縷の望みを与えてくれた、名もない川の龍神様に思わず手を合わせてしまった。

“アユのテンカラ竿”。金沢では昭和30年頃までアユの引っ掛け釣りを“テンカラ”と呼び、盛んに行われていた。そうしたことから、数多いテンカラ語源説のひとつとされている。

 今回の取材は釣行の前日に、金沢市で江戸時代からアユ用の「加賀毛鉤」を作っている『目細八郎兵衛商店』をお借りして、日本のテンカラ釣りのルーツについての対談から進められた。目細八郎兵衛商店を訪れたのは、加賀地方には、古くからアユ釣りの引っ掛け釣りである「鮎のテンカラ釣り」が行われており、“テンカラ”の語源と深くかかわっているという理由もひとつ。また、その道具も見たい、というお二人の希望からだ。

藤岡美和(ふじおか よしかず)
1948年京都市生まれ。愛知県立芸術大学卒。大手電器メーカーでコマーシャルスペース、ディスプレイの企画・設計などの仕事に関わり数々の賞を受賞。42年前に渓流釣りを始め、同時に渓谷や渓流魚の絵を描き始める。また、釣りに出かけた日本各地の山里で和式伝承毛鉤の収集とその復刻などを進めながら、日本各地のテンカラ研究を行っている。

 その対談(『Fishing Café』57号参照)の中で、藤岡さんは「テンカラ毛鉤釣りは、マタギの人など山人が、いろいろな土地で釣りをすることで技術と文化を広めた可能性もあります。マタギの他に、轆轤(ろくろ)師、いわゆる木地師もそうです。昔の木地師は『どの山に入ってもよい』という鑑札を持っており、素材を求めて日本各地の山に入ることができました。山では当然、釣りをする、山菜も採る。そういう山人がテンカラの毛鉤だけでなく、ラインや道具、釣り方を伝えていったと思います」と言う。

石垣尚男(いしがき ひさお)
愛知工業大学客員教授・名誉教授。1947年静岡県生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒。医学博士。任天堂『DS眼力トレーニング』の監修者なども務める。シンプルで趣のあるテンカラに魅せられて約40年。フロロカーボンの単糸を用いたテンカラのレベルライン釣法の第一人者。明快な理論と実戦的なタックル論、穏和な人柄で全国に多くのファンを持ち、テンカラ先生、テンカラ大王とも呼ばれている。著書に『科学する毛鉤釣り』(廣済堂出版)、『超明快 レベルラインテンカラ』(つり人社)など多数。

 また、石垣先生は「各地で伝承されてきた毛鉤や釣り道具、山ごしらえなど、テンカラを深く追求すると、日本の物づくり文化の多様性と風土に合わせた道具の妙が見えてきます。そして、昔は物質的に貧しかったからこそ、質素な材料で毛鉤を巻き、道具を作り合理的に釣っていた。そういう考え方が脈々と受け継がれてきた日本人の生命観、価値観がうかがえます。日本家屋もそうで、ちゃぶ台一つあればそこが食堂になるし、ちゃぶ台を片付けて布団を敷けば寝室になる。間仕切りを取れば狭い部屋が大広間になる。そういう文化を受け継いできました。テンカラも一つの毛鉤で、いろんな獲物を釣ります。最小限の道具でどれだけ幅広い釣りをするか、そこに醍醐味があると思います」と語る。
 そして、お二人の一致した意見として、「テンカラ釣りは日本の地理的、気象学的な特殊環境を理解するうえで、これほど適した釣りはない。日本民族の原点である山岳生活文化をひもとくための方法だ」と言う。

金沢市内から車で30分ほどの渓流で竿を振る石垣先生。雨の影響で条件は悪かったが、まき岸の際のギリギリに毛鉤を振り込み、果敢に攻めていた。

 対談の翌日、「藤岡さん、強い流れの向こう側の澱みに毛鉤を落として、巻き返しに3回ほど毛鉤を流せば完璧です。2回でも出てきますよ」と石垣先生は、この河川で初めて毛鉤を振る藤岡さんに、的確な指示を優しく伝えている。石垣先生はすでに、藤岡さんが毛鉤選びに思案している間に、小ぶりだが砲弾型で野性味のある日光系イワナを3匹も釣っている。
 石垣先生のテンカラ釣りは、何しろ速い。渓流を歩くスピードも速いが、ポイントの見極めも速い。そして驚くのは、わずかな範囲にいくつもの魚のつき場を見つけ、パパっと釣ってさっとリリースしてしまう。釣られた魚は何が起こったのかわからない状態で、一目散に流れの中に逃げ込んでいく。

初対面ながら、長年の友人であるかのような石垣先生と藤岡さん。お二人のテンカラ釣りは、魚だけを釣ろうとして技術を学んできただけではない。

 一方の藤岡さんは、ロッドから下がったラインを親指と人差し指で器用にはさみ、入念に調べてから、これぞという毛鉤をハリスにしっかりと結ぶ。そして、離れた場所から何度も川筋を見極め、ゆっくりと流れに近づく。投げやすい小さなポイントやいかにも大物が好みそうなポイントは省き、「そこですか」と思うような意外なポイントに、スローモーションのようなキャスティングでフワッと毛鉤を落とす。そうして、型の良い魚を揃えるように釣り上げていく。

 釣りのテンポや選んだ毛鉤だけを見れば、石垣先生と藤岡さんは好対照だ。しかし、身長がお二人とも180cmを優に超える点も含め、共通点は多い。ひとつはポイントへのアプローチの順序と足場選びだ。そして、釣った魚への愛情だ。お二人とも「ありがとう」と一言添えるようにリリースする。並んで川の畔に立ち、同時に目の前の流れにアプローチしてもお互いに邪魔をすることなく、見事にロッドをしならせてしまう。
 今回、石垣先生と藤岡さんが釣りを一緒にしたのは、意外にも初めてだという。しかし、二人の呼吸は一糸も乱れず、終始笑顔を絶やさず、まるで何十年も一緒に釣りを楽しんできた釣友のようにも見えたのだ。

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