2018
04.27
Vol.59 ①
巻頭インタビュー:ピーター・フランクル
「広くて深く、難解な“釣りの方程式”」より

「日本ほど釣りを極めた国はない」
 談:ピーター・フランクル

取材・文◎フィッシングカフェ編集部 写真◎能丸健太郎

 日照時間が極端に短くなった昨年12月、夜が明けきらぬ朝6時に、ピーター・フランクルさんを乗せた人徳丸は、静岡県下田市の須崎港を出船した。やがて、北西の風と下田沖特有のうねりをかわしながら神子元みこもと島を過ぎた頃に、冬の澄んだ空気を裂くように朝日が船上を照らした。
「そろそろですかね」と、ピーターさんは期待感をにじませ眩しそうに海上を見渡している。

夜明け前に出船し、夜明けと同時に仕掛けを下ろした。気温は低いが、黒潮に影響される下田沖の12月の水温には、晩秋の気配が残る。

 世界的な数学者でありながら、母国ハンガリーのサーカス学校で舞台芸人の免許を取得するなど、非凡な才能を持つピーター・フランクルさん。1988年の来日以来、その才能をテレビや講演でも活かし、日本人に数学の楽しさや、人生を楽しくするコツを伝授すべく、ジャグリングや数学クイズ、パズル等を交えた楽しいパフォーマンスで、多くの人々を魅了している。そのピーターさんと下田沖でオニカサゴ、泳がせ釣りでマハタを狙う、というのが今回の釣行だった。
 須崎港を出て1時間ほど船を走らせたころだろうか、田中大海船長はギヤのクラッチを切りスクリューを逆回転させる。太いエンジン音が軽やかな音へと変わり、狙いを定めた根の上で、船を潮に乗せ安定させた。
「いいですよ。水深150~160m、駆け上がりだからね」と大海船長が、仕掛けを下ろすように促す。
 まず狙ったのはオニカサゴ。中型の電動リール、フォースマスター3000にPEライン5号を300m巻き、仕掛けは片テンビンに150号前後のオモリを付け、ハリス6~8号、ムツ針18~19号の3本針に、餌はカツオのハラミの短冊だ。

ピーターさんは底を50cm切ってから、根掛かりが頻発するようならタナを少しずつ上げていき、根掛かりしないようなら、オモリが底をトントン叩くところまでタナを下げる。大きなうねりのある悪条件だったが、1.5kgを筆頭に8尾ほどのオニカサゴを釣り上げた。

 オニカサゴの小さなアタリを見逃すまいとピーターさんは、常にロッドを手に持ち、揺れる船にリズムを合わせながら、スタンディング姿勢で竿先を凝視し、丁寧に底をとっている。そのピーターさんの竿が大きくしなったのは、仕掛けを下ろして15分後だった。
 大海船長が素早くランディングネットを入れ、上げてみると1.5kgほどの良型。まずは一匹目のオニカサゴを釣り、ホッとした表情を見せた。
「数学の魅力は、簡単に言うと前人未到の地を踏む、ということです。問題を解くのに誰も気づかなかった新しい解き方を考えたり、まだ誰も答えを出していない、数学的難問を解いたりすることです。それは、誰も釣ったことがない、幻の魚を釣る醍醐味に似ています。数学も釣りと同じで戦略を立て作戦を組み立てて、難問を攻略します」とピーターさんは話す。
 ただ、釣りの場合、魚が釣れれば目的は達成されるが、数学の場合は、自分の理論の正しさを証明するために論文を書き、第三者に認めてもらわなくてはならない。そのために誰とも口をきかず、何日間も机に向かって考え続けるのだが、それも充実した時間だと言う。

アタリが無くても絶えず底をとることは、沖釣りの基本。その基本を忠実にこなし、次の一手を考えるのがピーターさん。事実の積み重ねの上に“ひらめき”があるのは、数学も釣りも同じだという。

 その日のピーターさんは、初めの一匹が合図となり、一流しごとに釣果を刻んでいったが、午前10時にアタリがピタッと止まってしまった。大海船長は、潔くオニカサゴのポイントに見切りをつけ、マハタのポイントへと移動する。マハタ釣りにはアジの生き餌を使い、泳がせ釣りで狙ったのだが、釣果は芳しくない。そこでピーターさんが感じている、釣りの魅力とはどんなことかを聞いてみた。
「釣りはある程度の年齢になってから始めても、上達する余地があるところがいいですね。新しいことを覚えること、上達すること、それは生きる楽しさに直結します。僕はウォーキングが好きなのですが、今からどれほど頑張ってもオリンピックの競歩には出場できません。ところが釣りは、80歳を過ぎても釣り場でかくしゃくとしている上手な釣り人がいます。
 そして釣りは、水の中の仕掛けを常にイメージしている必要があります。目で見ることができない水深50m、100mの世界をイメージし、それに合わせた釣りをしなければならない。そこには長年の経験や知恵がものをいうからです。
 釣りは常に実験なのだと思います。感覚が合っているのか合っていないのか毎回実験して、自分のものにしていくしかありません。今回のように、オニカサゴを釣るにしても水深があるので、竿先のちょっとした反応でしかアタリはわかりません。それに潮が速いときは、自分の仕掛けが底に着いているつもりでも、大きく流されていることもあります。そういうときはガン玉を打つとか、工夫しなければならない。狙った結果を導くための過程にも楽しさがあり、釣りは、単純に魚を捕まえる手段ではないのです」

納竿間際にマアジの活き餌で釣った4㎏弱のマハタ。最後まで粘ったことで釣れた、かけがえのない一尾だ。

 泳がせ用の竿が大きくしなったのは、沖上がり15分前。その一流しで納竿というタイミングだった。アタリがなくても丁寧に底をとっていたピーターさんの粘りが引き寄せたマハタは、くっきりとした縦縞が映えた4㎏弱のまずまずのサイズだった。
「ヨーロッパの先進国でも、自然は美しく保たれていますが、日本の海は豊かです。日本は山や森が豊かだから、川に栄養が流れ込み、小魚が育ち、小魚を食べる大きな魚も多く育ちます。川と海とはつながっているから、汽水域でもいろいろな魚が釣れます。いろいろな環境の変化があるから、それに合わせた多種多様な釣りとスタイルが生まれたのだと思います。それが、他の国にはない日本の釣りの大きな特徴、すごさだと思います」
 ピーターさんは、お国自慢で何かと“世界一”という言い方は好きではないと言う。しかし、こと釣りに関しては、今までに100カ国以上訪ねたが、日本ほど釣りを極めた国はないと思う。来日してから日本の釣りの奥深さも体験できたことは、生涯にわたってとても有意義なことだと思う、と語った。

Peter Frankl(ピーター・フランクル)

1953年ハンガリー生まれ。数学者・大道芸人。1971年国際数学オリンピックで金メダル獲得。1973年世界的なアメリカ人数学者、ロナルド・グラハムに出会い、その影響でジャグリングを始める。1977年パリ第7大学で数学博士号取得。1978年ハンガリーサーカス学校で舞台芸人の国家資格を取得。1979年フランスに亡命。その後イギリス、インド、アメリカなどに招かれて共同研究や講演を行う。1982年東京大学に招かれ初来日。1988年より日本在住。ハンガリー学士院会員、算数オリンピック委員会専務理事、日本ジャグリング協会名誉顧問。日本語を含む12カ国語を話し、これまでに世界100カ国以上を訪れ、講演と大道芸のために日本全国を駆け回る日々を送る。『僕が日本を選んだ理由』(集英社文庫)、『日本人のための英語術』(岩波新書)、『ピーター流らくらく学習術』(岩波ジュニア新書)など著書多数。

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