2021
11.12
Vol.69 ⑤ 新連載◎Malt Angler Fishing Diary Vol.1
「同じ水、同じ流れの中で」番外編

「明石海峡を望む二つの蒸留所を訪ねマダイ釣りを終え、古書探訪の旅へ」

取材・文◎『Fishing Café』編集部
語り◎土屋 守 松林眞弘
写真◎磯貝英也

「英国では魅力的なウイスキーを造る蒸留所の近くには、必ずいい釣り場があります。英国の男性は、釣りを楽しみながら深くウイスキーを味わいながら、釣りの嬉々たる時間とそうでない時間を超えてきました。そして、その二つの娯楽は、互いに呼応しながら奥深い文化として歴史を刻んできたのです。
 それは日本も同じです。日本列島は小さな国土ながらも、実に変化に富んだ地形が見られます。火山があり3000メートル級の峰々から深い谷が刻まれ、川や湖沼となり、海と陸の境目には、さまざまに入り組んだ海岸線が見られます。夏は大平洋側、冬は日本海側に降雨、降雪がもたらされ、その雨は大地に伏流し清水となり、渓流魚や海水魚の命を育み、昔から日本各で酒造りに用いられてきました」。ウイスキー評論家の土屋守さんは、釣りとウイスキーの関係をそう語る。

六甲山から流れ出る伏流水は、明石海峡の海洋魚介類を滋味豊かなものにする。そして早い潮流で育った魚類はコンディションの良い体格となる。

 そして、『Fishing Café 69号』から「同じ水、同じ流れの中で」と題して、土屋さんの新連載がスタート。第1回目は、六甲山系の花崗岩と海岸の貝殻層を通って湧き出る地下水に恵まれた、兵庫県明石市にある二つの魅力的な蒸留所を訪ね、同じ六甲の伏流水に育まれた明石海峡のマダイ釣りを満喫した。

新しいポットスチルを導入して本格的な蒸留が始まった「海峡蒸溜所」。写真左が明石酒類醸造社長の米澤仁雄さん。

 最初に訪れたのは、明石市大蔵八幡町にある明石酒類醸造の「海峡蒸溜所」。2019年に蒸留を開始し、さらにもう一基のポットスチルを導入して、本格的なジャパニーズウイスキーを造り始めている。
「ポットスチルから留出したばかり、樽で熟成させる前のモルトウイスキー『ニューポット』を飲ませてもらいましたが、ニューポットの段階で麦芽のふくよかな香りがあり、しっかり生成されているので、将来は華やかなウイスキーになると思います。ジャパニーズウイスキー業界にとって、楽しみな蒸留所だと思います」と土屋さんは言う。

「江井ヵ嶋蒸溜所」の貯蔵庫には、シェリー樽やバーボン樽などが静かに安置されている。写真右から社長の平石幹朗さん、土屋さん、ウイスキー蒸留所所長の中村裕司さん。

 次に訪ねたのは、江戸時代に創業した老舗の酒蔵、江井ヶ嶋(えいがしま)酒造の「江井ヶ嶋蒸溜所」だ。江井ヶ嶋酒造がウイスキー製造免許を取得したのは、1919年。寿屋(現・サントリー)の山崎蒸留所よりも古く、戦後に「ホワイトオーク」という地ウイスキーを発売。さらに自分たちで原酒を造るため、1984年に広大な敷地の一角に「ホワイトオーク蒸溜所」(現・江井ヶ嶋蒸溜所)を設置し、活動を開始する。しかし、1989年の酒類法改正のため消費が落ち込み、日本のウイスキーは2008年に消費の底を迎える。江井ヶ嶋酒造も一度はウイスキー造りを休止するが、その後「あかし」というブランド名で再度挑戦。その「「あかし」がヒットし、今ではコンビニでも取り扱うほどポピュラーなウイスキーになった。
「江井ヶ嶋酒造は、さすが酒造りの老舗。酒好きのハートをつかむのが、とても上手だと思います。新しいポットスチルも導入して初めて訪問した十数年前に比べると、明らかに樽(たる)の数が増えています。それだけしっかりと、通年仕込みができているということです。目の離せない蒸留所だと思います」と土屋さんは言う。

海面で暴れる明石の「まえもんマダイ」。土屋さんにとっては記念すべき「鯛ラバでの初マダイ」。

 明石の二つの蒸留所を見学した翌日は、同じ六甲山水系の水の恵みに育まれたマダイを釣るため、明石海峡へ船を出した。土屋さんは釣り歴50年だが、鯛ラバでマダイを狙うのは、生まれて初めて。また、前日までの大雨の影響でコンディションが悪く大苦戦だった。
「同じ速度、アワセても止めてもいけない。アクションはご法度という、瞑想のような釣りに、最初は手こずりました。午前中は結構な手応えもあったのですがバラシも多く、最後の最後にやっと一匹釣ることができました」と土屋さん。
 豊富な餌を食べて育ちながらも早い潮流で鍛えられ、明石海峡の恵みを受けて育った明石の「まえもん」と呼ばれるマダイを手にした土屋さんは、その日釣れた魚を手土産に兵庫県丹波市の古民家・上田邸へと向かった。

上田邸は1894(明治27)年、上田正三さんの曾祖父が建てた。重厚な作りの2階建ての主屋や蔵、手入れの行きとどいた日本庭園などが残っている。

「私の友人の版画家、渡辺トモコさんが丹波市の古民家・上田邸を借りているのですが、その古民家の棚に戦前の古い釣りの本がかなりあるらしいのです。その友人からぜひ一度、見に来てほしいと言われましてね」と土屋さん。
 そこで明石海峡からも近い淡路島の洲本市で「淡路魚釣り文庫」を主宰し、本誌連載『絶版釣り図書の冒険』を執筆する釣り古書の大家、松林眞弘さんに同行していただき、明石から一路北上したのだ。
「なかなかいい本が揃っていますね。アイザック・ウォルトンの『釣魚大全』の昭和11年の訳本(平田秀木、国民文庫)もありますし、大橋青湖(おおはしせいこ)の『釣魚秘傳集』や松崎明治の『釣技百科』、上田尚の釣り指南書シリーズ……、持ち主の方の釣りに対する真摯な姿勢がうかがえるコレクションですね。かなり幅広くお集めになられたのですね」と松林さんは、上田邸の書棚なに並ぶ釣り関係書籍を見て話す。

「私のような釣り本蒐集家のように蔵書数は多くはありません。でも戦前の一流釣り本がこれだけ多いのですから、かなり釣り道楽されていたようですね」と松林さん。

幻の書となった江戸期の希少な和本12編を活字化して1冊にまとめた『釣魚秘傳集』(昭和5[1930]年、第一書房)。江戸期の釣り文化を知り得る数少ない資料だ。

 松林さんは、手入れが行き届いた大きな古民家の一角にブルーシートを敷き、書棚を前に、一冊一冊丁寧に検分していた。窓から離れた奥の間の納戸にしまわれていた古書たちは、紫外線の影響も少なく80年近く前の書籍でも日焼けが目立たないほどだ。
「雑誌、冊子などもあるのですが、古民家は適度な湿度が保たれているのか、かなり保存状態はいいですね。久しぶりに気持ちの良い書棚を見させていただきました」と松林さん。

明石海峡で釣ったマダイとハマチ。これに明石海峡前のウイスキーとジン。古民家の座敷でいただく和食と洋酒の組み合わせも風情がある。

 この日は、築120年以上の立派な屋敷構えの古民家で、古民家オーナーの上田正三さん、土屋さんの友人の版画家、渡辺トモコさんも交え、土屋さんが釣った明石海峡の「まえもんマダイ」とハマチを肴に、ウイスキーと古書を巡る話題に大いに話が弾んだ。

土屋守(つちや まもる)
ウイスキー評論家、ジャーナリスト

1954年新潟県佐渡市生まれ。学習院大学文学部国文学科卒業。1998年ハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」の一人に選ばれ、現在、ウイスキー専門誌『Whisky Galore』の編集長を務める。NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』ではウイスキー考証として監修を務めた。『スコッチ・モルト・ウィスキー』(新潮社とんぼの本・共著)出版後、著書に『シングルモルトウイスキー大全』(小学館)、『ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー』(祥伝社)他多数執筆。

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