2017
07.07
Vol.56 前篇 特集 『加賀百万石の“釣り心・魚心” 』
夢枕獏 & 林家彦いちの 「能登半島・内浦マダラ釣行雑記」より

獏さんと彦いちさんが、一喜一憂した9kgの大マダラ

文◎本誌編集部 写真◎望月 仁

日本海側有数のリアス式海岸である穴水湾は、湖のような波の静かさで小型の漁船も多い。クロダイ、メバル釣りのメッカとしても知られている。

 冬の朝7時に能登半島の穴水港を出船した獏さんと彦いちさんは、七尾北湾を東へ東へ、一路、富山沖へと進む。日の出とともに黄金色に染まる海上には、帯のように朝もやがどこまでも続き、小さな舟に乗った漁師たちが、すでに竿を振っている。大気温と海水温の差、そして無風という好条件が、この幻想的な風景を生み出したのだ。

日本海の冬の寒さに震えながらも、能登島周辺の幻想的な風景に見とれる獏さんと彦いちさん

「寒いけど、気持ちがいいですね」と、フードの紐を締めながら彦いちさん。
「そうだね。波もない、風もない。冬の日本海では珍しいね。これで魚が釣れれば、いうことなしだね」と獏さんは、目を細めて海上を見つめる。
 七尾北湾を抜け出船して1時間ほど走ると、進行方向右手に立山連峰、剱岳(つるぎだけ)、鹿島槍ヶ岳(かしまやりがたけ)、そして白馬岳といった、北アルプスの峰々が屏風のように見えてきた。その雄大な風景に圧倒されていると船は徐々に減速し、ゆっくりと旋回を始める。そして間もなく「仕掛けを落してください。水深200mです!」と船長の声が響く。

ムツ針にブルーや赤のゴム風船を巻き付けたバケ針に、餌をチョン掛けするのが基本。

 船長の用意してくれた仕掛けは、オモリは250号、針はムツ針20号前後のバケ針。エダスは、フロロカーボン12号を45cm。枝間は1m、幹糸はフロロカーボン20号、一番下の捨糸に8号を1m付けた3本針胴付き仕掛けだ。そして、事前に船長に勧められた餌は、サンマ。他にサバ、イカ、ヒイカなども有効とのことだった。そこで今回は、そのすべての種類の餌を持参してきている。
「私は大好きなイカで始めます」と、獏さんが気合いを入れて仕掛けを投入する。その姿を見て彦いちさんは、迷いながらも「あっしは全部好きなので、針ごとに餌を全部変えます」と贅沢に、上針からイカ、サバ、サンマの順で丁寧にチョン掛けしている。

写真は、穴水湾にある“ボラ待ち漁”のやぐら。この漁は日本最古の漁法ともいわれ、敏感なボラを獲るために、写真のように高さ6mほどのやぐらの周囲25m四方に網を張りめぐらし、ボラの群れが網に入るのをじっと待つ。江戸時代まで盛んに行われ、最近その漁が復活した。

 今回の狙いは、繁殖期を控えた冬に脂がノリ、白子もパンパンの大マダラだ。『のと海洋ふれあいセンター』に勤める海洋生物魚類学博士の坂井恵一氏の話よれば、富山湾は、同じように水深のある太平洋側の駿河湾と比較すると、8月の海水温を見た場合、水深150mくらいまではほぼ同じだが、富山湾は200mを超えて300mまでいくと、急激に水温が下がり、摂氏1℃や0℃の世界になる。2月の海水温も同じく、200mを超えて300mまでいくと急激に水温が冷たくなり、魚種がガラリと変わるという。
 そのため、水深250~300mでズワイガニ、甘えび(ホッコクアカエビ)、バイガイといった冷水を好む生物が多くなり、150m以浅は、季節によって生息種が変わる。そこに冬になるとマダラ、ハタハタ、ノドグロ、ホッケなど、北の海の魚が産卵のために入ってくるという。また、出船した穴水港の七尾北湾や西湾、南湾の能登半島周辺の海は、マダラの産卵場として極めて重要な地域であり、最盛期は1月下旬から2月中旬。孵化したマダラの稚魚は、湾内で生活し、水温が上がる5月の連休の頃に外へ出ていくという。

巨魚用に作られた大物用ロッド『チェルマーレ』の手元から、垂直に曲がるこの引き。大物マダラのトルクに、彦いちさんも脱帽。

 今回の釣行は、12月中旬。そのためマダラは能登半島に近づいておらず、七尾湾から離れた富山沖での釣りとなったわけだ。しかし年越し前、産卵前のマダラは美味で、毎年この時期のものを、専門に狙いに来る釣り人も多いという。
 さて、獏さんと彦いちさんの釣りだが、一流し目は空振り、二流し目は同船したジギングの釣り人に3kgほどのマダラが掛かり、期待が膨らむ。そして三流し目だった。
 船尾で黙々と仕掛けを下していた、彦いちさんの竿が大きくしなった。そして、電動リールであるにもかかわらず、強い引きの醍醐味を楽しもうと手巻きを行いながら「けっこうデカいと思います。もう腕がパンパンです!」と、うれしい悲鳴を上げている。そして、釣り上げてみれば、かなり大物である。

3~4kgサイズのマダラでも白子がたっぷり入り、身には脂がノリ、最高の味。

 後日、彦いちさんにそのマダラの話を聞くと、「本当は、船長さんから『計ってはいけない』と言われていたのですが、こっそり計ったら9kgでした。船長が『10kgオーバーだよ!』というので家に帰って、喜び勇んで計ったんだけど、1kg足りなかったんです(笑)。
 獏さんが言うには、釣った魚を測ってはいけないというルールがあって、船長が『10kgオーバー!』と叫べば、それは10kg以上ということにして、いいそうなんです。
 釣り上げている時は、船長さんが『水をたっぷり入れた、麻袋を引き上げる感じだ』と説明してくれたのですが、まさにそういう手応えでした。普通なら、途中であきらめてしまうような重さです。自己新記録です!」と、うれしそうに語っていた。

途中から釣れ出したキジハタに獏さんもニッコリ。他にマハタやソイなど、釣り人を飽きさせない釣果が魅力だ。

 その日は、彦いちさんのビッグ・マダラがきっかけとなり、獏さんも3~4kg、5kgオーバーと入れ食いとはいかないまでも、流すごとに小気味良いテンポでマダラを釣り上げて好釣果。また、帰りがけに浅場で黒ソイやキジハタも釣り、冬の富山湾釣行にかなり満足している様子だった。
「今回、水深200mでしたけど、『浅く感じる』海だったよね。船長さんに聞いたら、他の船は寒ブリを狙いに沖に出て、みんな船酔いして、船全体で1匹釣れたか釣れないかという状態だったそうです。僕たちがマダラを狙ったのは、正解でした。それにマダラは、食べても美味しい。鍋もいいよね。マダラは、冬の食卓に彩を与えてくれる魚です。胃袋で実感する釣りの楽しさ、というものもあるよね」と獏さんは、今回の釣行の感想を笑顔で語っていた。

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