2019
11.22
Vol.63 ⑤
釣具物語
「小さな箱」に詰め込まれた“江戸の粋”より

日本の工芸文化が濃密に凝縮された指物師の技

取材・文◎本誌編集部 写真◎津留崎 健

 玄関を入ると急な階段があり、2階、3階へと続いている。その階段を3階まで上がり左手の扉を開けると、10畳ほどの部屋があった。さまざまな樹木の木片がそこかしこに積まれ、ノコギリ、ノミ、玄翁(げんのう)、鉋(かんな)など、昔ながらの道具が作業スペースを取り囲むように置かれている。

作業場を囲むように素材、道具、図面があふれているが、どこに何があるかを把握していないと、いい仕事はできないという。

 江戸指物師として活躍する『箱幸』こと藤田幸治さんは、「すべて手仕事ですから、使いたいときにサッと手に取れる場所に道具があることが大切なんです。作業していても目の端に見え、手が届き、足でも届くようなところに道具を整えておかないと、仕事がはかどりません。一見無造作に置いているように見えますが、道具の置く場所は、仕事の段取りの中で整理されているのです。それが狭い仕事場で無駄なく、速く、効率よく仕事ができる秘訣です」と言う。

鉋は30種類ほど使う。刃は平行にしたとき、わずかに出ているか出ていないか。鉋の底も鉋がけで調整する。鉋の底に鉋をかけるのは、指物師と建具屋くらいだという。

 釣り具の一切合切を詰め、釣り座にもなる頑丈な合切箱。主にタナゴ釣りや小ブナ釣りに使われる水箱(箱ビク)や仕掛け箱など、釣り用の携行道具箱は、江戸時代から親しまれてきた。そして、手先の器用な釣り人が自分や仲間のために作る、あるいは大工職人や建具職人など木を扱う職人たちが注文を受けて作り、釣り具店に卸すなどして普及してきたものだ。
 そうした釣り用道具箱が専門的に生産されるようになったのは、明治期以降だが、戦後、プラスチックなどの化学素材が普及すると、徐々に釣り具店からその姿は消えてしまう。
 そうしたなかで、戦前・戦後に名品を残したのが、『箱貞』や『箱孝』などの釣り道具の箱物職人たちだ。しかしそんな名品を前にしても藤田さんが作る作品は、技術的にも装飾的にも、さらに工芸的価値も高いと言われている。

「水箱」5寸5分/クワ材使用・本漆仕上げ、引き上げ蓋仕様、如雨露(じょうろ)落とし/本象牙45㎜糸巻×2組入り/引き戸仕切り、中子納箱、専用真田紐付き、165㎜×96㎜×147㎜。

 父も祖父も深川の大工だった藤田さんは、大工道具を遊び道具代わりに育った。大学でデザインを学び、卒業後は家具やインテリアデザインの仕事に就く。転機となったのは、趣味で始めたジオラマ作りの額縁を作ったこと。額縁作りで指物の面白さに気づき、57歳で江戸指物師として独立する。
 指物には江戸指物、京指物、大阪唐木指物、駿河指物などがある。京指物は、杉や桐などの柔らかい素材を使い、お茶道具など女性的なものを作ることが多く、江戸指物は武家屋敷で使う道具や商店で使うもの、歌舞伎の鏡台など、質感もちょっと華やかで木目が面白い素材を使うという。
 藤田さんが江戸指物師として、釣り用の携行道具箱を作るようになったきっかけは、友人の釣り師が藤田さんの完成度の高い指物作品を見て、和竿専門店の『東作』や文京区にある江戸前釣り具の専門店『関釣具店』を紹介されてからだという。

「仕掛け箱」2点とも黒柿材使用・本漆仕上げ、引き戸使用。右)2段納/極上京ごま糸巻60㎜ ×10組入り、80㎜×85㎜×53㎜。左)本象牙/すす竹製10連糸巻75㎜×1組入り、113㎜×114㎜×29㎜。

「作品を見てもらうと『こういうものを作って欲しい』と、昔作られた名品を見せられました。しかし、そのまま再現するのではなく、指物師して金物を使わない自分なりの工夫や経験を随所に盛り込みました。
 例えば箱状になったときに木目がつながるように組めるか、面白い文様を表にするかなど完成のイメージを頭に描き、きれいな木や変わった木、面白い木を探します。部材を切り出すときも、最初と最後で木目がそろうように木取りします。ですから割合と贅沢に材料を使います。切り落とした小さな半端材がたくさん出るのですが、それも大事にとっておき、細かい部分に使います。良い木だと、見てのとおり端っこでも捨てられないのです(笑)」
 現在、材料の在庫は30年分くらいストックしているが、単にストックしているのではなく、木材の乾燥を兼ねているという。
 また、作るものによって樹種も変わる。藤田さんの場合は、キハダ、トチ、クワ、タモ、黒柿、そして内部に使う桐。素材によって「硬くて丈夫、加工しやすい、木目が美しい」といった特徴があるが、なかでも野球のバットなどの素材にもなるタモの文様が面白いという。文様は年輪とは違い、縦に切ったときに出てくる木目のことだ。年輪が木の年齢を表すのに対し、「文様は木の生き方を表している」と藤田さんは言う。
 そして、指物で一番良い素材はクワで、クワの中でも伊豆七島の御蔵島で採れる「島桑」は、自然環境が厳しく土壌も豊かではないため、育つのに時間がかかり数も限られるが、丈夫で模様も美しく「金桑」と呼ばれ、鉋をかけると金色に輝くという。

道具で種類が一番多いのは鉋。次がノミ。彫刻刀も先の角度を少しずつ変えて何本もそろえ、さまざまな用途に使えるようにしている。年に1回使うかどうかという道具もあるが、それがないと効率的に作業ができなくなるという。

「注文主と打ち合わせをし、完成イメージを図面に落としてパーツを切るのですが、切り出したパーツは、鉋で削って微調整しなければなりません。私の場合、作業の7割は鉋がけです。組み上げてからさらに全体を鉋がけすることもあります。鑢(やすり)は一切使いません。なぜかというと鑢は、木の表面を細かく傷つけてしまい、精度が損なわれるからです。刺身を切るときと同じで、良く研いだ包丁は素材のうま味を引き出しますが、切れない包丁は細胞を傷つけ水っぽい刺身なってしまいますよね。そして、柄(ほぞ)などを彫った後は、接着剤と木杭(きぐい:木の釘)で組み立てます。木杭の材料は、卯の花(ウツギ)が硬くて使いやすく、竹釘は逆に硬すぎて向いていません。組み上げは、微細な調整が必要なので鉋をかけながらです。
 塗装は最後の工程です。水箱は大きいものなら八寸の竿を入れられるようにしています。濡れたものを入れるので、内部も漆を塗ります。筆で塗るのではなく『拭き漆』です。漆は不思議なのもで、使い続けて3年経過した頃から、徐々にいい色が出てきます」

「道具箱」黒柿・キハダ材使用・本漆仕上げ、3段引き戸仕様/上段・中段・下段引き戸上下2層中子付き、150㎜×180㎜×185㎜。

 素材選びから漆の仕上げまで、すべて一人で行う。作れば作るほど自分の技術も上がり、そのときの気分や感性も加わってくる。同じものは二つとできず、まさに一期一会の物づくりの世界となる。しかも合切箱は“一切合切”なのだから、それを使う人の釣りのすべてが凝縮されており、釣りに行く道中も楽しいものでないといけない。そうした釣りと釣り人をイメージしながらの作業はとても楽しく、「指物の中でも釣り道具箱作りには、独特な世界がある」と藤田さんは言う。

藤田幸治(ふじたこうじ)江戸指物職人

1948年東京生まれ。東京の下町木場の大工を営む家に生まれる。京都工芸繊維大学卒業後、家具製作会社勤務を経て、インテリアデザイナーとして就業。その後40代で指物を作り始め、57歳で指物師として独立。指物製作の傍らクラフト・デザインコンペ等で入賞多数。

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