2015
10.23
Vol.51 後篇 特集「九州北部海域“灘”から生まれた釣り」五島灘取材篇より

文◎本誌編集部 写真◎知来 要

豊饒な離れ磯の貴重な時間

この渡船Σは前後に動力源があり、左右に平行移動もできる。通常の船では渡しにくい瀬でも難なく釣り人を磯に渡すことができる。

この渡船Σは前後に動力源があり、左右に平行移動もできる。通常の船では渡しにくい瀬でも難なく釣り人を磯に渡すことができる。

 太陽の力強さを表す赤、どこまでも透明な空気を表す白。紅白に塗り分けられた渡船“Σ”(シグマ)は、その大きな船体を揺らすことなく、紺碧の海を疾走する。
「しかし、この船大きいね。しかも揺れない。九州の渡船ってこんな凄いの?」と、普段は、渓流の奥でドライスーツを着込み、寒さに震えながらヤマメやイワナ、大きい魚ではイトウなど、サケ科魚類の生態などを追いかける、写真家の知来要さんが心底、感心したふうの声をもらす。
「これだけスピードを上げているのに、確かにエンジン音が低いね。そういえばこの船、代表の山下さんが設計したらしいよ。山下さんは、もともと太陽電池の専門家で大学院まで学んで、卒業後はヤマハ発動機で船の設計をしたんだって。しかも双胴船だよ」と返す。
「じゃあこの船、南国のカタマランと同じ。じぇっ、じぇっ、じぇっ!」っと、驚く知来さん。
 出船したのは午後1時過ぎ、昨日までの雨模様は嘘のように晴れ、乾いた空気が気持ちよい。その気持ちよさは、知来さんが言うように、この船自体が良くできているためでもあるようだ。
 渡船『自然の国』の代表を務める山下銀河さんは、16年前に父から仕事を引き継ぐタイミングに合わせて、この船を造ったという。設計上の大きな柱は安全性、“波に強くて揺れない”こと。そして、ある程度のスピード走行が可能である点を見据えて設計したという。
 通常、スピード性能を追求した船は、構造的に喫水が浅くなり横に振れてしまう。そこで、その横ブレを防ぎスピードを確保するために、この船は二つの船を平行に並べた双胴船にし、その上にキャビンを乗せてあるのだ。しかも、喫水の深いところに船首が横に動くバウスラスターを付けて、前部が風で流れがないようにしているという。
 また、普通の船はエンジンを客室の下に置くのだが、そのレイアウトだと客室が狭く、エンジン音がうるさくなるため、第一エンジンを船の後ろに置き、前にシャフトを出し、折り返してスクリューを出している。その結果、メンテナンス性も格段に向上したという。しかも、通常の大きな瀬渡し船は、船の先端に造りつけのホースヘッドが付いているが、このΣは伸縮するスライド式になっており、さらにホースヘッドが下がるようにも設計されている。そのため、渡礁時における釣り人の安全性をかなり向上できたという。

手つかずの磯を残すための釣り人の汗

防水ダッフルを背負いテント場を探す。風を避けられ、平らな場所を見つけた時は正直ほっとした。海の向こう側に見えるのは大立島。

防水ダッフルを背負いテント場を探す。風を避けられ、平らな場所を見つけた時は正直ほっとした。海の向こう側に見えるのは大立島。

 今回、五島灘取材の最大の狙いは、蠣浦(かきうら)島と江島の中間にあたる“大立島”、“小立島”。そして、西瀬、中瀬、高瀬と並ぶ“色瀬三礁”で、マダイを夜に狙うことだった。かつて、このあたりの釣り物の主体は、オナガメジナやクチブトメジナ中心だったが、20年ほど前から時期によってマダイが多く釣れることがわかった。しかも、夜釣りだと付け餌がアイゴやイスズミ、カワハギなどにつかまらず、狙ったマダイへ届きやすくて都合が良いという。

磯の潮だまりの中を水中カメラで撮影すると、通常磯釣り場ではありえないほどウニなど多様な生物が溢れていた。潮だまりの水で撒き餌に使用する冷凍オキアミやアミの解凍を禁止していることで、潮だまりの生態系は見事なまでに保全されている。

磯の潮だまりの中を水中カメラで撮影すると、通常磯釣り場ではありえないほどウニなど多様な生物が溢れていた。潮だまりの水で撒き餌に使用する冷凍オキアミやアミの解凍を禁止していることで、潮だまりの生態系は見事なまでに保全されている。

 釣り人を乗せた渡船Σは、小立島から大立島を回り、僕らが渡礁する色瀬三礁に渡ったのは、午後3時を回っていた。無事に渡礁し最後の荷物を島の中央部に担ぎ上げると、先に降り立ち、瀬の周囲の潮だまりを覗きこんでいた知来さんが、何事か感心している。
「この瀬の上、どこにもゴミが無いよ。それに潮だまりの中に、イソギンチャクがすごく群生していて小魚が群れている。ここは、いわゆる手つかずの磯ってことかな?」と。
 周囲を見渡すと、そこにはハリスの切れ端さえない磯が広がっていた。よく磯釣りに通う伊豆半島の八幡野の地磯などは、空き缶やペットボトル、コンビニの袋や仕掛け、錆びた釣り針、コマセの袋やコマセそのものまで、岩と岩の裂け目に隠すようにゴミがある。また、そのゴミを燃やし、焼け残った跡などがいたるところにあるのだ。しかし、この色瀬三礁には、釣り人のスパイクの痕跡は若干あるものの、知来さんが言うように、まさに手つかずの磯が残っていた。
 その理由は、山下さんたちとこの渡船を利用する釣り人たちの努力の成果にある。渡船『自然の国』では、“持続可能な形で釣り場を徹底的に守る”を合言葉に、年に数回、釣り客と共同でゴミの清掃活動を行っている。また、磯に魚が寄らなくなる「カゴ釣りの禁止」や「集魚材の使用禁止」(パン粉や麦などの混入も禁止)といった、独自のルールも設けているのだ。その結果、20年以上前と比較しても釣果は変わらないという。しかも、冷凍餌の解凍は、潮だまりでは禁止。このため、知来さんが言うように釣り餌による汚染もなく潮だまりの生態系が保全されて、切れたハリスや釣り針なども回収されているので、海鳥なども保護され、海域全体での生態系保全にも一役買っているのだ。
 これまで数多くの磯で釣りを経験してきたが、これほど清浄で素のまま釣り場は初めてだった。しかも、磯の利用者の中心となる釣り人の努力で釣り場が維持できることに、感動さえ覚えるほどだった。

さらしの白泡に潜む、巨大なマダイ

夕陽に輝く美しいマダイ。このマダイを見ていると、「腐っても鯛」との言葉が思い浮かぶ。冷蔵技術など無い時代、身持ちがすこぶる良いマダイは、まさに魚の王様だった。

夕陽に輝く美しいマダイ。このマダイを見ていると、「腐っても鯛」との言葉が思い浮かぶ。冷蔵技術など無い時代、身持ちがすこぶる良いマダイは、まさに魚の王様だった。

 荷物用のテントを張り終え、竿を片手に指定されたポイントに着いた。すでに陽は西に傾き、時刻はちょうど4時半を指していた。となりの釣り座には、福岡から来たYさんがすでに竿を出していた。そのYさんに「僕の前に泡立つ、ほどよいさらしが、なんだか怪しいですね。ヒラスズキでも潜んでいそうでしょう。ためしに餌を落としてみてください」と声をかけてみた。
「えっ、いいの? じゃあ、少しやらせてもらいます」と、Yさんは自分の釣り座を離れ、早速餌を振りこむ動作に入る。
 船長の山下さんの話によると、Yさんはこの道30年のベテラン。何度もこの色瀬三礁で釣りを経験したことがあり、初めてこの磯に渡渉する僕らを気遣い、山下さんがわざわざ隣の釣り座にしてくれたらしい。
 Yさんのベテランらしいフォームから放った餌は、ちょっとした期待を乗せて、さらしのちょうど切れ目に落ちた。付け餌は、さらしの泡と海水の青さが残る波間に、フワフワと漂い白い影を残して水中に消えていく。付け餌はオキアミではなく、小ぶりなサルエビが使われていた。
 風であおられ余分に出た道糸を素早くリールに巻き込み、竿を軽くあおったその時だった。まさに大型の電気ウキが立つのか、立たないのか、はっきりしないわずかの瞬間に、ウキがスーッと斜めにさらしの中へ引き込まれた。

日が沈む前に入れ食いとなったカサゴ。2匹をキープし、他はリリース。1匹は身を開き半身は刺身とし、残りは塩焼き。もう一匹は味噌汁へ。食べる分には事欠かかないほど魚影は濃い。

日が沈む前に入れ食いとなったカサゴ。2匹をキープし、他はリリース。1匹は身を開き半身は刺身とし、残りは塩焼き。もう一匹は味噌汁へ。食べる分には事欠かかないほど魚影は濃い。

「大きな出来事や事件、その瞬間は突然やってくる」といわれるが、まさにその言葉通りだった。当初、根掛かりかと案じたYさんは、竿を右に鋭く引いたのだが、その竿先がそれこそ“ギュン、ギュン”と絞り込まれているのだ。
「やべーな、こりゃデカイ。ヒラかな? ヒラでもデカイのは、確かだよ!」とYさんは沖へ、沖へと走る大物を掛けても、微塵も冷静さを失わず対処している。仮に僕がこの立場だったらパニックは当然、その結果、“逃した魚はやっぱりデカイ”で強制終了だっただろう。

闇の訪れとともにクロダイが竿を絞った。マダイを狙っての釣りだが、潮の具合によってさまざまな魚が釣れた。

闇の訪れとともにクロダイが竿を絞った。マダイを狙っての釣りだが、潮の具合によってさまざまな魚が釣れた。

「Yさんハリス何号ですか?」
「10号! 12号だったけ、かな?」
「えっ、10号ですか。そんなに太いんですか。それならドラグを絞り気味にして強引に引っ張ったらどうですか?」
「そう思ってドラグを締めてんだけど、この魚、言うこと聞かないんだよ」
それでもYさんの奮闘が功を奏し、白い腹を見せて魚が浮いてきた。白泡のさらしのなかをよく見ると、ヒラスズキでもヒラマサでもなく、なんと巨大なマダイ。タモ入れを手伝い引き上げるが、とにかく重い。その横でニヤニヤと「今年一番の大物だ」と、嬉しそうにYさんはへたり込んでいた。

岩礁で風雨を遮るものといえば、岩のでっぱりや溝以外にはない。この色瀬三礁のような離れ磯での夜釣り場合、頼りになるのは経験、吟味した装備。そのすべてを駆使して、安全に釣りを楽しみたい。

岩礁で風雨を遮るものといえば、岩のでっぱりや溝以外にはない。この色瀬三礁のような離れ磯での夜釣り場合、頼りになるのは経験、吟味した装備。そのすべてを駆使して、安全に釣りを楽しみたい。

 その夜は、自分が竿を出す前に、巨大なマダイを釣られたショックを逆にバネにして、夕間ヅメ時の30cmを超えるカサゴ。深夜に釣った3kg近いクロダイ。早朝の釣った1キロ程度のマダイなど、磯とは思えない釣果に恵まれた。
 そして、翌日の朝、9時に迎えに来たΣに乗り、遠く波間に消えていく色瀬三礁を眺めながら思い出したのは、山下さんの言葉だった。
「どんなに魚がいようと釣りが上手くなろうと、釣り人が求めるのは驚きだったり、意外性だったりします。いつもにはない出来事が常に起こり、来るたびに毎回、何らかの感動を持ち帰ることです。釣り人は、そうした自分だけにしか解らない満足感や充実感を求めています。
 そのための釣り場造りはとても難しく、環境的な変化で急に魚が少なることもある。でも、磯をしっかり保全していれば、必ず魚は磯につくんです。それが、人間が磯を守るための、唯一の方法なのです」と。

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