2018
07.13
Vol.59 ⑤ 特集・湿原のカムイたち
番外編「魚の宝庫、西別川のテンカラ釣り」

道東の清流・西別川でテンカラ大王の秘儀に魅了される

取材・文◎フィッシングカフェ編集部 写真◎足立聡

 今回、特集の取材で屈斜路湖を訪れた際、偶然にも宿泊したロッジで“テンカラ大王”こと、テンカラ釣りの第一人者である石垣尚男さんとご一緒になった。そこで前回、紹介した湿原の画家、佐々木栄松えいしょう氏が足繁く通ったという西別川の話をすると、石垣先生が翌日の釣りの予定を変更して、同行していただけることになった。

虹別の孵化場近くは、川幅広くなり、流れの強い流心から釣れることもある。

 西別川は、北西に屈斜路湖、西には釧路川、南西には釧路湿原が広がる、北海道・道東、標茶しべちゃ町を流れる。バイカモの群落が多くみられる清流であり、ブルックトラウトやレインボートラウトなどの移入種とヤマメやオショロコマ、エゾイワナ、アメマスなど、在来種が共存する稀な河川だ。しかも、川のサイズ規模から道東の毛鉤釣り・渓流釣りの聖地とも言われている。
 摩周湖南東岸の西別岳 (標高800m) を源に、根釧台地こんせんだいちを南東ないし東へ流れ、根室海峡に注ぐ全長73.8km。下流部の河谷は低湿な泥炭地を形成し、サケの遡上する主要河川のひとつとして、上流の標茶町や虹別にじべつの2か所にサケ・マス孵化場がある。今回は、新西春別橋から虹別のサケ孵化場までを釣り上がった。

西別川は、ここぞと思うポイントでなくても魚がいるほど魚影が濃く、たくさんのギャラリーの目の前でも、まるで打ち合わせ済みのように魚が出る。

「あの木の根元、深場の2メートル上流に毛鉤を落としてください」と、河岸から川を渡渉して小さな中州に立った石垣先生は、周囲をゆっくりと見渡し、右手に握った竿でポイントを指してくれる。
 石垣先生は終始、先に同行者にポイント伝え、まず釣らせ、その後でご自分で仕掛けを投げるというスタイルだ。
「力を入れてテンカラ竿をビュンビュン振っているように見えますが、バックキャストの時に“きちっと止める”を意識しているだけです。毛鉤は、狙いをつけて打ち込むというより“ラインに乗せて運んで落とす”、というイメージがわかりやすいでしょうね」と、さすが長年大学で教鞭をとられてきただけあり、石垣先生のアドバイスは的確だ。

アメマス2匹。西別川は同じポイントで、二人同時に釣り上げることができるほど魚影が濃く、テンカラ釣りには最適な川。

 2度ほど同じポイントに毛鉤を投げ入れ、3度目に毛鉤を流れに乗せた瞬間、清流を割って躍り出たのは小ぶりだが、銀色に輝くエゾイワナだった。北海道の河川の多くは、圧倒的にアメマスが多い。そのなかで西別川は、アメマスとエゾイワナの釣れる割合は半々。他の河川に比べ、エゾイワナの比率が高い。その理由は、西別川は餌が豊富なこと。餌が豊富であれば、海へ移動するアメマスは減り、残留型のエゾイワナが多くなる。西別川は、堰堤や護岸などが少ない自然河川のため、魚類が身を隠す場所や餌場、産卵場が十分に確保されているためだ。

元バレーボール選手の石垣先生は身長も高い。しかし、キャスティングは極めて小さくシャープだ。

「ホーイ、ホイ!」「ホーイ、ホイ!」と、先行するカメラマンのクマ除けの大声を聴きながら、石垣先生は、アメマスやエゾイワナを次々に釣り上げていた。
「次は誘い釣りを教えてあげますよ」と、石垣先生は竿を振り上げ、対岸上流のギリギリに毛鉤を落とす。毛鉤が正面を通過し下流に流され、ラインと竿が一直線になると、竿先を小刻みに震わせ「ツン、ツン」と水中に沈む毛鉤を動かしている。そして、水中でキラッと魚の鱗が光り反転した瞬間に、手首を返すだけでアワセを入れる。

西別川は、ヤマメやサクラマスの種川としても有名な河川。ヤマメも餌が豊富なため砲弾型に成長した個体が多い。

 テンカラ釣りの仕掛けに使うラインには、大きく分けて“テーパーライン”と“レベルライン”の2種類がある。テーパーラインは、初心者でも比較的毛鉤を飛ばしやすいが、ライン自体に重量があるため水流に持っていかれたり、毛鉤が着水した後に手前に寄ってきて、不自然な動きをしてしまう。また太さがあり、風の影響も受けやすい。

滝となって落ちる小さな流れ込みはプールとなっており、バイカモが繁茂している。

 石垣先生の推奨するレベルラインは、太さの均一な一本の糸を使うため軽く、糸の重さで手前に寄ってきて、毛鉤が不自然な動きをしてしまうことがない。長さの調節も容易で、細いため風の影響を受けにくい。シンプルでトラブルが少なく、ナチュラルに流しても魚に違和感を与えず、また竿先での誘いも行いやすい。アワセも手首を返すだけで十分だと言う。そして、なにより釣れる。

オショロコマは、日本では北海道の東部・北部だけに見られ、そのほとんどが残留型で河川の最上流域に多く見られる。

「今度はオショロコマです。昔は北海道のどんな川にもいたのですが、最近は少なくなりましたね」と、石垣先生は、体側に宝石をちりばめたように斑点のあるその魚を、そっと流れにリリースする。
 オショロコマは、大規模開発の影響を受けやすく個体数も減っており、環境省のレッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に分類されている。
 この日はオショロコマをはじめ、エゾイワナやアメマス、ヤマメ、そして移入種のニジマスやブルックトラウトまで釣れてしまうという、六目釣りとなった。

ブルックトラウトの和名はカワマス。1902年(明治35年)に日本で初めて日光湯ノ湖に移入された。

 “渓流魚六目釣り”は、かなり珍しい。石垣先生が薦めるレベルラインのテンカラが、いかに魚にプレッシャーをかけないかの証明であり、自然な蛇行を繰り返す西別川の類まれな河川環境、その豊かさを見直す結果となった。
 道東の自然を愛し、魚を知り尽くしていた湿原の画家・佐々木栄松氏が、自身の釣りの著書で「西別川は釣り人にとって道東の宝だ」と記している理由、その姿がそこにはあった。

石垣尚男(いしがき ひさお)

愛知工業大学客員教授。1947年静岡県生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒。医学博士。任天堂『DS眼力トレーニング』監修者なども務める。シンプルで趣のあるテンカラに魅せられて約40年。フロロカーボンの単糸を用いたテンカラのレベルライン釣法の第一人者。明快な理論と実戦的なタックル論、そして穏和な人柄で全国に多くのファンを持ち、テンカラ先生、テンカラ大王とも呼ばれている。著書に『科学する毛鉤釣り』(廣済堂出版)『超明快 レベルラインテンカラ』(つり人社)など多数。

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