取材・文◎フィッシングカフェ編集部 写真◎足立聡 イラスト◎浩而魅諭
「私はイトウが好きで、学生時代からイトウの研究をしてきたので、どうしてもイトウあっての釧路湿原という視点になります」
今回、釧路湿原・釧路川の生物多様性について取材させていただいた、釧路市立博物館で学芸員を務める野本和宏さんは、学生時代から積極的に釧路・根室地方に出向き、イトウの生態を研究していたという。
そのなかでわかったことは、北海道のイトウには様々な血統があるが、釧路湿原のイトウの見た目の特徴は、
イトウは、成熟するまでに雄で6~7年、雌で8~9年ほどかかり、寿命は15~16年と長寿だ。 生涯で一度だけ産卵するサケと異なり、イトウは一生に何回も産卵する。生後2年くらいまでは主に水生昆虫を食べ、成長するにしたがって魚食性となり、大型になるとカエル、ネズミ、ヘビなども食べ、釧路湿原の食物連鎖の頂点に位置する。釧路湿原は、そうした広大な餌場を背景に、かつて日本最大級のイトウの生息地だった。
その大きな理由は、釧路湿原という広大な湿原と規模の大きい釧路川があり、その水系の中は餌も豊富なので海に降りていく必要性がないのではないか、と言う。
「ただ、湿原の中には生息場所はたくさんあるのですが、産卵環境が悪化したために、数が少なくなったのだと思います。その理由は、川の直線化によって農地が川まで迫り、農地化したことで、降雨時に微細な土砂が川に多く流れ込むようになったからです。サケもイトウも川底の砂利を掘り起こして産卵するので、雨が降ったときに産卵床の上を土砂が覆ってしまうと、それで窒息してしまうのです」
そうしたことも踏まえ、野本さんはこれまでに「イトウの産卵と農地の関係、道東地域でイトウが減った原因など、イトウを増やしていくためにはどうしたらいいか」を研究してきたという。
写真上は産卵期間中のイトウのカップル。そこに別のオスが近づいてくると、写真下のような喧嘩は日常茶飯時だという。体が大きいので激しく見えるが、写真家の足立聡氏に言わせると「そこまで激しくはありません。かみつくというよりは、相手の上に乗っかろうとする感じで戦います」とのこと。
「私が主に研究してきたフィールドは、
そうした研究の結果、釧路川の再蛇行化は、これまでのところイトウにとって好結果をもたらしていると言う。
「イトウが産卵している川では、イトウ以外にアメマスやサケといった他のサケ科魚類も多く産卵しています。イトウが棲みやすい環境になるということは、釧路湿原自体も健全化することですし、湿原の状態のバロメーターにもなります。
また、再蛇行化を今後も上手に継続すれば、イトウやサケは増えていく可能性は高いと思います。現在、猿払川などに、成魚が1000尾あまり生息しています。釧路川にもイトウの親魚となれる成魚が100匹以上生息しているので、殖やしていける可能性が高いと思います。釧路川のポテンシャルからすると、昔はすごい数がいたはずなので、それに近い数への回復も夢ではないと思っています。釧路湿原・釧路川は、今後のイトウの復活を考えると研究者として、非常に楽しみなフィールドです」
野本和宏(のもと かずひろ)
釧路市立博物館学芸員・博士(環境科学)
1980年長野県生まれ。北海道大学大学院在学中に道東地方を中心にイトウの生態研究に取り組み、2010年博士号を取得。標津サーモン科学館勤務などを経て、2013年から釧路市立博物館に学芸員として勤務。道東を中心に、フィールドに根差したイトウの生態研究をライフワークとし、釧路湿原など道東のイトウ復活に情熱を燃やしている。