取材・文◎フィッシングカフェ編集部 写真◎能丸健太郎
エレベーターでロビー階から地下に降り、手彫りの長い洞窟を抜けると、各所に東屋のある宿泊者専用の釣り桟橋が広がっていた。
「この桟橋では、春と秋には40cmクラスのアジが入ってきます。初心者の方でも桟橋からは釣りやすいので、釣っていただければ姿造りのお料理にすることもできます。春先のアジ、それからクロダイ。クロダイは団子釣りで、昨年56cmが釣れました」と、桟橋に案内していただいたスタッフの西谷直樹さんは声を弾ませる。
能登空港から森深い丘陵地帯に伸びる珠洲道路を20分ほど走り、一般道を15分ほど行くと、日本百景の一つに数えられる九十九湾に到着する。大小の入り江からなるリアス式海岸は、東西1km、南北1.5kmほどの小さな湾だが、入り江が深く刻まれた海岸線の総延長は13kmにおよぶ。その入り江が99を数えることから“九十九湾”という名称が生まれたといわれている。
湾の中央には
また、湾奥には九十九湾の豊かな生物多様性から、金沢大学環日本海域環境研究センターの能登臨海実験施設があり、入り江を挟んでその対岸に『百楽荘』がある。
『百楽荘』は、かつてイカの遠洋漁業の水揚げで日本一を競った小木港の『浅井旅館』が前身だとういう。『百楽荘』としての創業は、能登半島に国鉄路線が通った58年ほど前の1961年。浅井旅館の設立から数えると創業83年になる。専用の釣り桟橋は、小木港から移って3年目の1964年に新設したという。
「当時は、今のように海そのものに面した桟橋ではなく、生簀の周囲を“コ”の字型で囲った桟橋でした。そして、生簀で釣った魚を屋外にしつらえた炉端で焼いて食べていただくというスタイルでした。先代が何かほかの宿とは違う特色を見い出そうと工夫したのです。私たちも先代の意思を受け継ぎ、同時に九十九湾の自然を大切にする心を持ちながらこの宿を営んでいます」と、支配人の蔵雅博さんは言う。
『百楽荘』には、釣り桟橋の他に海洋深層水を湛えた洞窟風呂も有名だ。先代の時代に掘った味のある手掘りの洞窟を、石工に頼みさらに掘り進め、釣り桟橋や海辺のレストランに通じさせている。この周辺の岩盤は、建物の基礎石やかまど石に使われていた“小木石”からできており、味気ないコンクリートと違い独特の趣がある。
海洋深層水の湯に浸かり、地元の素材を生かした和洋折衷の食を楽しみ、空いた時間は宿でくつろぐ家族に気兼ねなく、釣り桟橋で魚たちと戯れることができるというわけだ。
「45cmくらいのクロダイでしたら、何枚でも釣れます。夏になればスズキが桟橋に寄ってきます。夜は桟橋の周りに水中ライトが灯されるので、レストランから80~90cmくらいのスズキが群れている姿も見えます。
お風呂上がりのちょっとした時間に、ルアーをキャストするお客さんもいますし、早朝から小アジを生き餌に泳がせ釣りを行う方もいます。ほかにアオイソメでキジハタ、カレイ、キスなども釣れますし、カツオの回遊やタチウオが群れでやって来ることもあります」と、西谷さんは言う。
この日、桟橋の下にはイシダイの稚魚が群れ、柱の陰には50cmクラスのクロダイが潜んでいるのを目視できた。そして「アオリイカには少し早かな」と、西谷さんが餌木をキャストすると、9月初旬のためサイズは小さいが、2投目で難なく釣り上げた。一昨年の秋に西谷さんは、一人でこの桟橋で80~90杯ほどのアオリイカを釣ったという。
「ここには釣り初心者の方も、名人クラスのベテランの磯釣り師の方もやってきます。なかには年間80日も宿泊される方もいらっしゃいます。家族の中で釣りは自分しかやらなくても、家族全員で滞在を楽しめる宿泊施設は、そう多くはないと思います」と、2杯目のアオリイカを手に笑顔で西谷さんは言う。
道具の準備さえできれば、何しろ魚影の濃い安全な桟橋で、いつでも好きな時間に好きなだけ釣りができる。そして、自分が釣った魚をプロの料理人の技によって堪能できるのだ。この『百楽荘』に泊まり釣り桟橋で過ごす時間は、能登半島の魅力をさらに深く知ることになる。それは九十九湾からの大きな贈り物だろう。
百楽荘
住所:石川県鳳珠郡能登町越坂11-34
TEL: 0768-74-1115
http://100raku.com/