2018
02.09
Vol.58 ③
特集・鱸釣り賛歌
「サラシを極めた、隠岐・対馬を廻るスズキの“はわき釣り”」 より

玄界灘で培われたヒラスズキ攻略の秘儀・疑似餌

文◎水田俊哉 写真◎知来 要

 ヒラスズキは、スズキにくらべ体高があり頭部が小さく、クリっとした大きい眼など、その容姿から大きな特徴がある。なかでも尾ビレの付け根の部分がしまり、遊泳力の高さを感じさせる独特のプロポーションだ。
 また、一般のスズキに比べ個体数は少なく、主に地磯や沖磯などで釣れることが多いが、回遊性もあり深場での発見例もある。かなり広範囲にわたって移動している可能性もあると言われている。さらに、個体による習性の大きな違いもあることから、その生態や生活史にいまだ決定的な研究がなされていない点もこの魚の大きな特徴だ。

ヒラスズキは、スズキよりもやや暖かい海域を好み、暖流の影響を受ける外洋に面した地磯や沖磯に生息する。下あごの両側に口先から1列に並んで鱗があるのも大きな違いだ。

 一般にヒラスズキは、サーフや河口域でも狙うことができるが、主に岩礁地帯を好んで生息する魚であるため、地磯や沖磯が釣りのポイントになり、サーフではフライフィッシングで狙う人も多い。また、岩礁地帯では海が荒れれば荒れるほど食いが良くなる傾向があるため、「ヒラスズキを釣るには荒れた海のサラシを狙え」という定説が、近年、ルアーアングラーの間で定着している。
 しかし、近年のそうした地磯でヒラスズキを釣るためのメソッドとは別に、遥か昔から長崎県の対馬や佐賀県の壱岐島など玄界灘の離島では、“はわき釣り”というバケ針釣法が盛んに行われていた。それはまさに、サラシを利用したヒラスズキの伝統釣法だ。
「サラシの中にヒラスズキが潜む」というアイディアは、誰の発想で、いつ生まれたのか?
 その理由の片鱗を見つけられないかというのが、本誌取材の狙いだった。そしてまず、九州の北方、玄界灘にあり、大小100以上もの属島からなる対馬列島の主島、対馬へ飛んだ。

お気に入りのポイントに案内していただき、キャスティングの模範を示す松久さん。腕を高く上げ仕掛けを上に振り上げる形は、フライフィッシング・ダブルハンドロッドのハイラインキャストに近い。

 今回、対馬での取材に協力していただいたのは、南北に長い対馬の南部西海岸にある小茂田地区で生まれ育ち、幼少から釣りに親しみ、世界屈指の漁場を相手に半漁師として暮らす松久日出夫さんだ。松久さんは昭和23年生まれで今年で70歳だが、ヒラスズキの“はわき釣り”という伝統釣法の数少ない実践者だ。スピニングリールが普及していなかった40年ほど前は、竹竿を使った“はわき釣り”が盛んに行われており、スピニングリールが普及してからも、バケ針だけは残ったという。
 対馬では普通のスズキは釣れず、スズキと言えばヒラスズキだけだ。そのヒラスズキを釣るには風向きが大きなウエイトを占め、松久さんの通う西海岸南部のポイントでは、南西の風と真北の風が都合が良いと言う。
 南西の風は温く、水温が上がるとヒラスズキは食いが立ち、また、海に出られないほどの北風が吹くと、そのうねりが回ってきて瀬にサラシができるからだと言う。仕掛けの名称は、対馬の中でも各地域によって変わり、“うっつり”とか“はわき”と呼ばれており、地域によって釣り方も多少の違いがある。

松久さんが20代の頃、“はわき釣り”で釣った8キロほどのヒラスズキ。

 松久さんの地域では、7~8mほどの竹の1本竿に道糸を1竿半ほど付け、ハリスと道糸は通しでナイロンの12号を使ったが、ナイロンがない時代は、道糸に柿渋で染めた撚り糸を使っていたのではないかという。その先に丸型オモリをヘッドにした毛鉤を目的のポイントに投げ、竿であおるように引っ張り、そしてまた叩いていくという。ルアーフィッシングのジグを使ったリフト&フォールの要領だ。
 なぜ、そうした釣り方ができたのか? その発祥はわからないが「ポイントが遠いために長い道糸を使うようになり、荒れた磯で安全な足場を確保するには竿は長くなくてはいけないのではないか」と松久さんは言う。
 また、“はわき釣り”の語源は、満潮時にポイントが手前になった場合、道糸を竿1本分ほどに短くして、庭で竹(たけ)箒(ぼうき)を使って“掃く”ように手前を探る場合もあり、対馬や壱岐では、箒で「掃く」を「はわく」と言う。磯際をはわく、それが“はわき釣り”、“スズキはわき”の語源だろうと推測できるという。

“はわき釣り”で使う鳥の羽は各個人が好みの素材を色や重さに変え仕上げる。白黒縞模様の羽は定番カラーで、対馬では「碁石柄」と呼ぶ。フライタイイングではグリズリーと呼び、小魚を模したストリーマーに使われる。写真は松久さんに現代のマテリアルで巻いたもらったバケ針。ここでも定番の「碁石柄」が使われている。対馬と遠く離れた西洋で、同じカラーが使われているところも面白い。

 松久さんに巻いてもらったバケ針は、12~13号(45~50g)くらいの丸型オモリに、一本の糸を撚って編み込んだラインを二つ折りにして互い違いに針を結び、そのラインに何種類かの鳥の羽を束ねてセキ糸で巻いてオモリに通したものだ。ヒラスズキはサラシの中のベイトを捕食するために潜んでいるが、スズキだけが対象魚ではなく、産卵期にはイサキやマダイもいる。そういった春先の浅場にいる魚のベイトの多くは、キビナゴだ。バケ針は、そのキビナゴを意識して作られ、羽の種類や長さを変えるのは、海中で陰影を出しながら、引いたときに直線的な動きにならないためだという。
 また、竿の素材になる竹は、モウソウチクではなく、ハチク(淡竹)。ハチクの場合、10mの竿を作ってもそれほど重くなく、強度も粘りもあるので理想的な素材だという。
 松久さんの取材を終え宿に帰ると、その日の宿の夕食は、対馬の伝統的な料理だった。新鮮な魚介類を大皿にもり、大きな石板プレートの上にツバキ油で敷き焼いて食べる「石焼」というものだ。

対馬には、対馬名物「三焼き」と呼ばれる鮮魚を活かした豪快な郷土料理がある。「石焼」「煎り焼き鍋」「杉焼」で、写真はそのひとつの「石焼」。読んで字のごとく、熱した石をプレートにして旬の魚介や野菜を焼いて味わうバーベキュー料理。

 対馬は離島のため、漁師たちが時化て何日も沖に出られないときは、スズキは大切な食料だった。荒れた海でスズキを釣り、漁師たちもお金にするのではなく、近所に配ったというのだ。そういう土地柄のため、島の人は青物よりスズキを好み、海が時化ると新鮮な身をツバキ油で煎って鍋にする『煎り焼き鍋』や『石焼き』を楽しみにしたという。

松久さんの取材を終えた翌日の早朝に、そのバケ針をシーバス用のスピニング・タックルで試してみた。ヒラスズキの時期ではないので結果は出なかったが、短時間でフグやメバルがアタックしてきた。

 こうした離島の暮らしのなかで、漁師たちを中心にスズキの“はわき釣り”がある種の娯楽的な釣りとして生まれた。そして、対馬からとは言えないが、“サラシの中にヒラスズキが潜む”というヒラスズキの生活行動が知れわたり、今日のスズキのショアゲームの原初的なアイディアが、自然発生的に広まったのではないだろうかと松久さんは言う。

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