2019
03.01
Vol.61 ③
ヒメマスの毛鉤サイトフィッシングに興奮し天然秋田杉を駆使した昭和モダン建築の 『十和田ホテル』に泊まる
特集・釣りと宿を廻る5つの物語
「釣り宿・其ノ2 青森県十和田湖『十和田ホテル』」より

十和田湖を象徴する魚“ヒメマス”の逸話

取材・文◎フィッシングカフェ編集部 写真◎隈 良夫

青森県の釣り倶楽部『YIS』の佐藤渉さん。「今日はヒメマスがあまり岸寄りしていませんね」と言いながら、丁寧なロッドワークで約3時間の釣りで6匹ほどの釣果。

 ヒメマスの解禁日を迎えた十和田湖湖畔には、悪天候にもかかわらず多くの釣り人が竿を出していた。ルアーやフライをキャストする者、長い渓流竿を抱え、じっとウキを見つめる餌釣り師、釣り方は違えども、どの釣り人もこの日の訪れを万感の思いで迎えていた。
 湖畔はゴロタ石の遠浅で、メスを追いかける婚姻色に彩られた何匹ものオスたちをくっきりと目にすることができる。今回取材に協力していただいた、青森県の釣り倶楽部『YIS』の佐藤渉さんは、9フィート5番のシングルハンドのフライロッドを自在に操り、真っ赤なチャーリー系のストリーマーをその群れの鼻先に落とし小刻み誘う。すると、それまでメスを追いかけていたオスが身をひるがえし、猛然と毛鉤に食らいつくのだ。
「フライフィッシングで十和田湖のヒメマスを釣る場合、“見つけて釣る”サイトフィッシングです。今日はそれほど大きな群れは岸寄りしていませんが、最盛期にはかなりの数が回遊してきます」と、釣り上げた30cmほどのヒメマスを手にし佐藤さんは言う。

十和田湖を象徴する魚、ヒメマスの放流孵化に人生を捧げた和井内貞行(1858-1922年)。

 ヒメマスは十和田湖を象徴する魚だ。その礎を築いたのは、和井内貞行(わいないさだゆき)という一人の鉱山技師だった。和井内氏は、鉱山で働く人の食を豊かにするために、明治17年(1884年)に、まず600尾のコイを十和田湖に放流する。その養殖に成功すると人工孵化場を造り、青森水産試験場からサクラマス、日光養魚場からビワマスの発眼卵を買い求める。しかし事業はうまくいかず、私財をなげうって破産寸前で買い求めたのが、支笏湖しこつこのヒメマスの発眼卵だった。その発眼卵から生まれた3万尾の稚魚を明治36年(1903年)5月に放流し、稚魚が大きく成長し、孵化場に群れとなって押し寄せたのは2年半後の秋だったという。和井内氏の養殖放流事業は、およそ21年の歳月を費やして結実したことになる。

十和田湖増殖漁業協同組合組合長の小林義美さん。昭和18年生まれで、漁業と兼業で林業や民宿など、さまざまな仕事を行うなかで、「ヒメマスが戻ってこられる環境づくりが、十和田湖には一番大切だ」と気づいたという。

湖から孵化場への水路を群れになって戻ってきたヒメマス。湖と養殖池との落差8mを階段状の水路にすることで遡上率も多くなったという。

 そうした和井内氏の功績を引き継いだ十和田湖増殖漁業協同組合は、さらに効率化をはかるために、30年前に水温と水量が安定している場所を調査し、老朽化していた孵化場を新たに建て替えた。次に観光化が進んだことで悪化した十和田湖の水質改善を目指したという。
「ヒメマスが餌を捕って繁殖する環境が整わないと、湖が元気になったとは言えません。そういった環境づくりを、漁協と地元の宿泊施設が協力して取り組みました」と、十和田湖増殖漁業協同組合の組合長を務める小林義美さんは言う。
 透明度は湖の健康度を測る、大きなバロメーターと言われているが、その当時、十和田湖の透明度は3.8mまで落ち込んでいた。しかし、透明度を改善するため生活排水の分解・浄化を進めた結果、昨年の夏の透明度は17.5mまでに回復したという。その結果、直射日光が湖底に届くようになり、プランクトンもよく育ち餌となるワカサギが増え、ヒメマスも増えているという。

佐藤さんが釣ったヒメマスのオス。ベニジャケの陸封型だけあり、婚姻色が進むと魚体はさらに赤くなる。

ヒメマス用の毛鉤はダンベルアイのストリーマー各色。

 こうした人工孵化場の整備や水質改善の影響を強く感じているのは、県内外からやって来る釣り人たちだ。佐藤さんは「ボートから釣る少数の釣り人は除き、10年前は一般の釣り人の間で、十和田湖のヒメマスを話題にする人は少なかったと思います。ところがこの5、6年の間に急にヒメマスが岸寄りするようになり、毛鉤やルアー、それに食紅で染めたイカタンなどの餌釣りでも釣れるようになりました」と、その変化に驚く。
 漁協の小林さんは「刺し網を入れる場所を変えることで、多くの釣り人に来てもらえる工夫もしました」と、ヒメマスの回遊パターンを調査し、漁業者と釣り人の両方に配慮したという。特に釣り人たちに「多くのヒメマスを手にしてもらうこと」に重点を置いたそうだ。

 この日、気持ちよくヒメマスを釣った後、『十和田ホテル』へ向かった。十和田ホテルは昭和15年(1940年)に開催予定だった“幻の東京オリンピック”へ向け、政府主導で建設されたホテルだ。和井内氏は十和田湖の国立公園制定にも尽力した人物であり、他界して14年後の昭和11年、十和田湖は国立公園に制定された。ホテル建設当時もヒメマス養殖は安定しており、ヒメマス料理は観光に活かせると考えたのだろう。設計は日本大学工学部土木建築科教授であった長倉謙介氏が行っている。

日本三大美林といわれる、天然秋田杉の巨木を巧みに配した木造三階建て、吹き抜けのエントランス。

 現在の建物は、平成7年(1995年)から3年がかりで改修工事を行い、建設当時の部材も腐って使えないものを除いて、多くを再利用しているという。建材には秋田県産天然杉の巨木を贅沢に使用し、洋風の趣も取り入れた和洋折衷の意匠が印象的だ。
 建物の中に入ると杉の香りも穏やかで、非常に静かなことに驚く。周囲はブナを中心とした森林に包まれ、自分も十和田湖の一部となるような錯覚さえ覚えた。まさにジェントルな釣り人たちがスマートに釣りと宿泊を楽しめるホテルだ。十和田ホテルの松橋重智さんにお話を聞くと、「開業以来、ヒメマスは欠かせない人気メニューです」と言う。
 十和田湖は明治の偉人、和井内貞行氏がヒメマスの養殖に成功したことをきっかけに、1世紀以上の時を経た今でも、漁師たちは2代目、3代目と後継され、十和田ホテルは悠然と構えている。十和田湖とヒメマス、漁業、観光と釣りが一つの輪になっているのだ。その見事な循環が県内外から訪れる釣り人たちに、大きな喜びをもたらしている。


【十和田ホテル】
住所:秋田県鹿角郡小坂町十和田湖西湖畔
TEL:0176-75-1122
https://towada-hotel.com/

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