2018
12.21
Vol.61 ①
巻頭インタビュー:彫刻家・吉川正美
「釣りも芸術も、苦悩と歓喜が交差するから面白い」より

「イワナ、ブラックバスなど風化しない躍動感を求める彫刻家」

取材・文◎フィッシングカフェ編集部 写真◎知来 要

 西に立山、剱岳、鹿島槍ヶ岳など、標高3000m級の雄大な北アルプスの名峰を望む、長野県大町市旧八坂村に彫刻家・吉川正美さんのアトリエがある。
 八坂村は、周囲を標高の高い山々に阻まれていることから、中央高地式気候に属している。季節風の影響を受けないため、年間を通して湿度が低めで安定しており、年間降水量も少ない。木彫家にとって湿度が低く安定しているということは、素材である木材の状態も安定する、格好の場所である。
 迫力のあるブラックバスの彫刻、まるで生きているかのようなアマゴなどの渓流魚、吉川さんの作品はそのどれもが、自らの体験と創意工夫から創作されたものばかりだ。

アイビーの蔦に囲まれた吉川さんの工房。開放的な窓からの光が、作品作りに欠かせないという。

 吉川さんが勤めていたサービス業の会社を早期退職したのが43歳。その後、八坂村に移住し、木彫を始めたのはその2年後。八坂村に移住したきっかけは、幼少の頃から親しんでいた“釣り”と、その当時始めていた登山だという。
「長野はたくさんの名峰がありますし、もともと釣り好きですから、車で15分も走ればルアーをキャストできる環境というのは、最高なんです」と吉川さんは言う。
 吉川さんの幼少の頃からの釣りに対する思い入れは、社会人になってからますます強くなり、有給休暇はほぼすべて釣り。年間90日は釣りに費やしていたという。なかでも30代の頃に始めたルアーフィッシングの面白さに魅了され、フル装備のバスボートを手に入れ、琵琶湖を走り回っていたほど夢中になったという。

作品名:『あまご』 カツラの木から削り出した作品。幅/31㎝、高さ/41㎝、奥行き/11㎝。彫刻家として苦労したことは、1本の木から魚を彫り出す技術。1本の丸太の方向を変えながら、いろいろな角度から彫っていくのだが、それがとても難しいという。

「昭和50年代後半が日本のバス釣りの黎明期で、まさにその時期でした。バス釣りの専門誌が創刊され、その当時は、国産品のルアーはありませんでしたが、神戸に住んでいたことでアメリカ製のルアーが数多く手に入り、投げまくっていました」
 そんな吉川さんが会社を退職した理由は、釣りを含む大自然への渇望感からだという。
 そして移住後、友人の工務店に勤め、吉川さんが木彫を始めたのは、趣味として自分用のハンドメイドルアーを作ったことがきっかけだ。

吉川さんが、かつて作っていたハンドメイドのミノー。こうしたクラフトワークや木彫の技術は、すべて独学で覚えた。「遠回りはしたと思いますが、そのぶん体験を通して技術が身につきました」と言う。

 もともとクラフトワークが得意で工務店でも重宝がられ、専門的な技術を取得する中で「自分のイメージ通りに泳ぐルアーを作ってみよう」と思ったからだという。そうして作ったルアーが釣り人たちの目に留まり、口コミで購入希望者が増えていった。
 そして移住後5年目で、ハンドメイドルアーのビルダーとして独立。その後、魚を彫る面白さを知り現在に至るという。吉川さんは、そうしたクラフトワークや木彫の技術を、すべて独学で覚えた。
 海外の美術書などを参考にし、他の作家が作った作品を研究するのは日常茶飯事。優れた木彫家の作品を買ってきて、すぐに塗装をはがして研究したこともあるという。それでもハンドメイドルアーやルアーアクセサリーなど、クラフトワークを始めた当初は、何度も技術的な壁に突き当たり、挫折しそうになった時期もあった。自分がイメージしたような仕上がりや形状にならず納得できず、ルアーが泳ぐか、泳がないか以前の問題で、かなりの苦労を重ねた。特に塗装に使うエアーブラシのコツを覚えるのが難しく、使い方を体で覚えるまで1年近くかかったという。

「これは魚です」という説明的な作品ではなく、臨場感を加える。あるいは干物など生活感を加えるなど、魚を通してライフスタイルが浮き出てくるような作品を作りたいと思い創作した作品。作品名:『生命』(鮭)1本のカツラの木から彫り出している。幅/46㎝、高さ/73㎝、深さ/12㎝、鮭本体/48㎝

「彫刻のモデルにするのは、生きた魚です。実物を見ないで彫ったのは、カジキとレッドサーモンだけです。後は全部、実物を見て彫りました。ただ、現物を手に入れるのが、またひと苦労なのです。シイラは、横浜に住んでいる友人に連絡して『大きいシイラを釣ったら送ってくれ!』と頼んでおき、届いたらホルマリン漬けにして保存します。そうすれば、形はいつまでもわかります。塩引き鮭を送ってもらって、それは見ながら彫りました。ブラックバスは、神戸の友人に頼みました。ニジマスやブラウントラウト、イワナやヤマメ、アマゴは自分で釣ることができるので、サンプルを頼むことはありません。釣ってから写真に撮り、リリースしています」

工房の中で時を刻むように彫り続ける吉川さん。瞑想にも近い感覚で、昔は時間を忘れて没頭した。33㎝で土台付きのものを仕上げるまでには、約1カ月はかかるという。

 現在、吉川さんは以前からの木彫の他に、純粋芸術の分野である現代彫刻にも取り組んでいる。現代彫刻は、もともとアメリカやカナダから入ってきたものだ。吉川さんは11年前からカリフォルニア州メンドシーノ郡と大町市の芸術交流の役員を努めており、展覧会には、作品を出展しているという。
「現代彫刻を始めたくらいから、世界の見え方も変わってきて、作品作りも3次元から4次元、あるいはそれ以上の次元に呼応することを意識するようになりました。同時に釣りの楽しみ方も大きく変わってきました。
 以前は大きな魚を釣ることが目的でしたが、釣れない日があってもそれほど悔しいとは感じなくなり、逆に釣れない日だからこそ気づくことも増えました。もちろん大きな魚が釣れればうれしいですけど、それが目的ではありません。釣るためだけに川に行ってルアーを投げても、喜びには限界があると知ったからです。

「彫刻も釣りのように、チャレンジの連続なのです。結果ではなく、そのチャレンジに作り手としての喜びがあるのだと思います」と、犀川の畔でルアーをキャストする吉川さん。

 この辺りの釣りは3月に解禁ですが、3月はまだ寒いので3月末か4月に入ってから始めます。解禁したばかりの頃は、魚も動いていません。4月、5月が一番いい季節です。梅雨になると魚が擦れるし、夏は暑くなって潜ってしまいます。大物を狙う人は夕方に行きますが、僕は人が少ない朝に行きます。
 朝早くから出かけても空振りすることもあって、そんなときにふと小さな溜まりを見ると、ブラウンの稚魚がたくさんいたりします。犀川のひとつ上流の梓川では、ブラウンが増えすぎて困っていますが、そのブラウンも自分のペースで環境に適応し、命をつないでいるのだと。作品も創ることで新たな発見があり、さらなる創作の息吹が芽生えます。若い頃とはペースが異なりますが、大事なことは“釣り続け”“彫り続けて”いくことだと思っています」

吉川正美(彫刻家)

1948年兵庫県神戸市生まれ。1980年に米国モンタナ州の自然と釣りに感動し、その翌年に兵庫県小野市鎌谷池でラトリング・スポット(コットン・コーデル)で初めてバスを釣ったことがきっかけで船舶免許を取得し、バスフィッシング用フル装備のシーニンフ・アルミバスボートを購入。自作のルアーを製作するほど釣りに夢中になる。1993年に15年間勤めた企業を退職し、生まれ育った神戸から家族で信州八坂村(現・大町市)に移住。1994年よりハンドメイドルアーや魚、動物の木彫刻を始め、2007年より魚彫刻作品の制作に絞り込み、数々の作品を発表。2014年より現代文明をモチーフにした作品制作も行う。現在、長野県大町市のギャラリー&工房で活動中。

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