2018
02.23
Vol.58 ④ 特集・鱸釣り賛歌
「千葉県外房スズキ釣り“タタキ・バケ針”」より

職人の技、釣り人の叡智が凝縮した和製ルアー

文◎編集部 写真◎能丸健太郎 

「タタキ釣りに近い釣り方が文献資料として、明確に記されているのは、私が知っている範囲では、昭和7年に朝日新聞から発刊された『釣技百科』です。バケ針にドジョウを付けて、ずれないように針金で縛って釣る。それを“タタキ釣り”だ、と言う人もいますが、厳格な定義はないように思います。ただ外房では、おおよそのシステムが決まっています。道糸にウキを付け、そのウキからハリスを長くても150cmほど伸ばし、疑似餌であるタタキ針を付けて投げる、至ってシンプルな釣りです。この形は戦後には、確立していたと思います」と、千葉県いすみ市在住の橋本清さんは言う。

渓流のフライフィッシングに傾倒していた時期もあった。その影響もあり、タタキ釣りに出会ってからは“和製ルアー”ともいうべきタタキ針に魅せられていく。ハックルなどは当時使っていたものも再利用しているという。

 橋本さんは、真鍮の機械人形作りで有名な職人だ。釣りは子供時代から親しんでおり、さまざまな釣りをするなかで、このタタキ釣りに出会ったという。特にタタキ針に魅了され、仕事柄、工作機械の扱いも慣れていることから、20年ほど前から自作のタタキ針や、飛ばしのタタキウキの制作を行うにようになったという。
 かつてタタキ針は、市販品も数多く出回っており、今でも釣り具店で目にすることがある。しかし、現在、製造しているメーカーは皆無。お店に残っている物は、かなり前に作られた物ではないか、と言いながら橋本さんは、市販品を手のひらに乗せた。
「これは市販のタタキ針です。昔はビニールがなかったため、三味線に使う獣皮や魚皮などをスカートとして巻いて、使っていたようです。形もイカに似せるなど、それなりに凝った製品もありますが、ディテールにこだわっているようには見えません」

親針はタチウオ針を加工し、孫針はセイゴ針を使う。「70cm、80cmというサイズが掛かることもあるので、軸が細いと伸びてしまいます。以前、80cmぐらいのスズキがヒットしたとき、タモを持ち合わせていなかったのです。竿を折る覚悟で抜き上げようとしたら、針がすべて伸びでしまいました(笑)」ちなみに橋本さんは、70cmは抜き上げたことがあると言う。

 橋本さんがタタキ針を作り始めた当初は、そうした市販のものを参考に型を作り、鉛を流してヘッドを作っていた。しかし鉛は、少しぶつけただけでも形が崩れ、非常に不経済だった。そこで、仕事場にあるステンレスや銅、真鍮などを素材として試したという。
「ステンレスは軽いので、その分少し大きいものが作れます。ただ、ステンレスは加工が大変でウンザリします。穴を開けてピアノ線を通すのですが、ステンレスは穴が開きにくく、熱を持ってドリルがダメになるんです。銅はステンレスのように固くはないのですが、ドリルで穴を開けようとすると、粘りがあるためビットにまとわりついて、素材がポキポキ折れてしまいます。ベストは真鍮でした。真鍮は銅と亜鉛の合金なので加工しやすく、『快削』という削りやすい種類もあります」
 そういう試行錯誤の中で、長年、タタキ針を作ってきたが、「これだ! というものは、なかなか作れない」と、橋本さんは言う。そして、タタキ釣りで色はスズキの喰いに、あまり関係ないのではないか?とも漏らす。

橋本さんのタタキ針は、棒状の真鍮を切って削り、アイとフックの穴を開け、ピアノ線を組み込む。フックを接着し、孫針とハックルを巻いていく。

「私は川でルアーも使うのですが、水が澄んでいるときはブルー系のルアー。濁っているときは派手なピンク系と言われていますが、そうではないと思います。経験値的には、赤ヘッドの白ボディーが万能ですね。これは私の持論ですが、スズキの場合、色よりもシルエットや波動、そしてその音だと思います。真っ暗でも、濁った海で釣れるわけですから」
 ルアーの色は表層を引っ張る場合に、むしろ釣り人にとって視認性を上げるために必要ではないのか? 赤白で視認性が良ければ、ルアーがどこにあるかわかり、岩礁やテトラに引っ掛ける回数も減る。結果、手返しもよくなり、釣果につながるのではないか。そして、色よりも大事なのは、アクションだと言う。
「アクションは、釣りに大きく影響します。しかし、タタキ釣りのバケ針自体は、アクションがないんです。ストップ・アンド・ゴーをやっても、これ自体が泳ぐわけではない。むしろ海面を引いてくると、タタキウキの方が竿のちょっとしたしなりで揺れて変化します。ですから、スズキや青物など魚食性の魚は、タタキウキに興味を持ち、ウキがティーザーの役割をしているのではないかと思います。
 タタキウキが水面でVの字の波紋を残し、その海面下でタタキ針がチョロチョロっとくっついている。すると、そのタタキ針を小魚と間違えて喰らいつくというわけです。これは、私の考えですが本当のところは、魚に聞いてみないとわからないですね(笑)」

橋本清(はしもと きよし)
昭和20年大阪生まれ。18歳で絵描きを目指して上京。その後船舶模型を作る会社に勤務し、転職して真鍮人形作りの世界へ。釣りは子供の頃から親しんでおり、ルアーは50年ほど前から始める。その他、磯、クロダイ、コイ、ヘラブナ、渓流のフライやテンカラ、さらには海外のスチールヘッドなど、海水淡水を問わずあらゆる釣りを経験している。

 以前、渓流釣りをやっていたころに、マッチ・ザ・ハッチという釣りが流行ったが、橋本さんは、自然界にないものを模した“ファンシーフライ”で釣ることを楽しんだという。
「人工的にカゲロウに似せても、魚にすれば本物の方がいいに決まっています。カゲロウがたくさんハッチ(羽化)して魚がライズしていても、ちゃんと見えるときは本物を食い、毛鉤には食いつかないことが多いですね。しかし、ストマックポンプで腹の中を探ると、木くずなども食べており、気になったものはすべて咥えて、吐き出し損ねたのが胃袋に残っています。スズキもそれと同じで、小魚のようなちょっとした物には喰いつき吐き出す。ですから、タタキ針は、餌のようなものであればいいと思うのです」

タタキ釣りは、磯竿の4〜5号相当を使うため、飛距離はなんと100m以上も出る。ミノープラグではせいぜい30〜50m、ジグを使えばそれ以上は出るが、「タタキウキのあるタタキ釣りほどのアピールはないのではないか?」と言う。

「タタキウキが魚を寄せるティーザーだとすると、タタキ針のタナは巻き上げスピードとハリスの長さで調整できますが、あまり沈ませません。浅い磯が多いので、長くすると絶対に根掛かりします。タタキ針が沈まないギリギリのスピードで、ゆっくりと巻きます。スズキは、あまり速く引かない方が、喰いが良いのです。ただ、青物が来たときは、速く巻いて表層を走らせます。この釣りはスズキだけではなく、同じ仕掛けでイナダやワラサなどの青物も釣れます。
 私は、50年ほど前にルアーフィッシングを覚え、その後、このタタキ釣りを知ったのですが、タタキ釣りのメリットは、ルアーに比べて魚を探るレンジが広いことです。ルアーの場合、せいぜい30mくらいです。メタルジグは良く飛びますが、それでも50mほどです。しかし、タタキ釣りの場合は、100mくらい飛びますから、相当レンジが広いわけです。
『ルアーとタタキ釣りはどちらが釣れますか?』と、よく人に聞かれますが、私の場合はタタキ釣りです」
 そして、タタキ釣りと親しむようになって、タタキ針そのものを作る面白さもあるが、この釣りの仕掛けの意味や理論が少しずつ解明されることに、釣りの深さを感じると言う。
「タタキ釣りの試行錯誤は、他のさまざまな自分の釣りに活かされています。そうした醍醐味が、この釣りにはあると思います」と、橋本さんは言う。

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