2021
07.30
Vol.68 ⑤ 巻頭インタビュー 小笠原由祠(おがさわらただし)
― 狂言師とマダイ釣り ―

釣りと狂言の共通点は、見えない世界を可視化する喜び

取材・文◎フィッシングカフェ編集部
写真◎岩切 等

「小学校の頃、父親が海で波止釣りに凝りだしまして、休日のたびに私を連れて電車を乗り継ぎ金沢八景まで行き、岸壁からハゼやアジ、アイナメ、カサゴ、ウミタナゴ、フッコなど、季節に合わせて釣りを楽しむようになったのです。それがきっかけで、自分でも釣りに興味を持つようになりました」
狂言師として活躍する小笠原由祠さんは、釣りとの出会いをそう語る。
 自宅が東京都大田区の東急多摩川線・武蔵新田駅の近くで、多摩川の矢口渡(やぐちのわたし)に近かったことから、やがて友人と一緒にリール竿を持ってコイを釣りに行くようになったそうだ。結果はいつも散々だったが友人と釣りに出掛けることで、少しずつ大人に近づいていることを実感しているような満足感を得ていたという。そして、高校を卒業し狂言に熱中してからは釣りから離れるのだが、結婚をし奥さまの実家が新潟県の佐渡島だったことから、里帰りするたびに釣りが大好きな義父のお供をすることで、次第に釣りをする機会が増えたという。

「日本の古典芸能のなかで、狂言の秀でた魅力は喜劇であることです。みんなが一つの輪になって和み、豊かになっていく。そういうところが魅力だと思います」
(小笠原由祠)

「義父の釣りは、なにしろ酒の肴を釣ることです。旬のうまい魚を狙うのですが、主にアジです。自分で釣った鮮度抜群のアジを自分でさばいて佐渡の地酒と合わせると、これまで食べたどんな魚よりうまいのです。そういったことも含めて釣りのよさは、やはり本能で判断し、本能で感じられることだと思います。
 本能に訴えかけるという意味では、狂言にも共通点がありますし、笑いはまさに本能です。また、狂言の演目のなかには、釣りや魚や料理なども多く登場します。
 たとえば『盆山(ぼんさん)』という演目では、盆山(盆栽)を盗みに入った男が、盗人に気づかぬふりをしている家の主にもてあそばれ、『タイタイ! タイタイ!』とマダイの鳴き真似をさせられるという話です。また、料理を扱った『宗八』という演目では、ある金持ちが僧侶と料理人を募集し、『出家した元料理人』と『料理人になった元僧侶』が雇われることになり、それぞれ仕事を言いつけられます。しかし、互いに不慣れな二人は相談のうえ、仕事を取り替えることにします。殺生を禁じられている僧侶が魚をさばき、料理人が殺生を説いているという、あべこべの妙を狙った作品です。釣り人の方なら、そういった演目にポイントを絞って鑑賞するのも楽しいのではないかと思います」

「山に一歩足を踏み入れると、風向きも天候も目まぐるしく変わります。急峻な地形の日本の山道は見た目より険しく、そうした世界に足を踏み入れると、大自然の怖さも人間がちっぽけであることもよくわかります」
(小笠原由祠)

 今回、小笠原さんが釣りに訪れたのは、能楽演舞のため過去に何度も足を運んでいる厳島神社が鎮座する日本三景のひとつ「宮島」の沖。釣りの前日は厳島神社の能舞台を訪ね、さらに宮島にある寺院のなかでも最も歴史が深く、ダライラマ14世も訪れた真言宗御室派(おむろは)の大本山である「大聖院」で手を合わせ、弘法大師空海が唐より帰朝後に修業したという弥山へ向かい、ケーブルカーを使わずに往復4時間かけて山頂まで登った。

狂言では、犬の鳴き声を「わんわん」ではなく「びょうびょう」と表現する。そういったところにも独特の自然観が反映されている。また、西洋で動物は家畜として捉えるのに対し、東洋やネイティブインディアンは、トーテム(家族や部族)として祖先信仰につながっている。人間と動物をカースト的に扱わず、生きものも自然も一体になっている。それは素晴らしい感性だと小笠原さんは言う。

 そして翌日、小笠原さんは午前7時に廿日市港から出船した遊漁船「イエローテイル」に乗船し、初めての鯛ラバで次々とマダイを釣り上げた。
「マダイは本当にきれいですね! やはり尊ばれる魚、さすが魚の王様です。鱗にある青い点々の不思議な輝きも美しいですね。『お腹をくすぐるとヒレが立つ』と教えてもらったのでやってみると、本当に立ちました。そのマダイの動きたるや狂言の演目『盆山』の『タイタイ』に磨きがかかってしまいます(笑)」

「出世魚のブリは、関東ではワカシ(ワカナゴ)-イナダ-ワラサ-ブリ、関西ではモジャコ-ワカナ-ツバス-ハマチ-メジロ-ブリと変わります。スズキもコッパ―セイゴ―フッコ―スズキと変わっていき、成長度合いによって多様性を認めています。そこが日本の伝統文化のすごさであり、深さにつながっているのだと思います」
(小笠原由祠)

「最初のうちは初めての鯛ラバで『これで本当に釣れるのかな』と、心配しつつ始めました。釣れたのはビギナーズ・ラッキーストライクだったと思いますが、見よう見まねから始めました。ベテランの方のリールの巻き方、巻く速さ、竿の角度、そして呼吸。私も芸能者の端くれなので、観察して物まねするのは得意なのです。『釣ってやろう』という気持ちは持たず、基本の動作を追いかけていったらマダイが掛かりました。それに鯛ラバという釣りは、身体の動きは極めてシンプルですが、正確さを強く要求されますね。そういった部分も注意しました」

「私も芸能者の端くれなので、観察して物まねをするのは得意なのです。『釣ってやろう』という気持ちは持たず、基本動作を追いかけたらマダイが掛かりました」
(小笠原由祠)

 小笠原さんは子どもの頃、活発に走り回って遊ぶタイプではなく、文学や演劇、映像に興味を持つ文化派だったそうだ。しかし、狂言師になってからは、人間の身体の動きに非常に興味を持つようになったという。狂言だけでなく、伝統芸能の家柄に生まれた人は、幼い頃から親に稽古をつけてもらうため、考える前に身体で覚える。しかし、小笠原さんの場合はそうではないため、身体の動かし方など動作一つ一つの疑問は、常に自分の中で解決し経験を積んできたという。そうした取り組み方や方法論が、今回の鯛ラバでも十分に活かされていたようだ。

「自分で釣った鮮度抜群の魚をさばき、好きな地酒に合わせると、どんな魚よりうまいのです。そういったことも含めて、釣りのよさはやはり本能で判断し、本能で感じることだと思います」
(小笠原由祠)

「『福の神』『恵比寿大黒』『恵比寿毘沙門』など、狂言には釣り竿を片手にマダイを抱いた恵比寿(夷)様が出てくる話がたくさんあります。恵比寿様は現世利益の神様で、庶民には近しい存在だからです。宮島の各所には『七浦七恵比寿』が祀られています。厳島神社はさまざまな神様を祀っていますが、庶民が恵比寿様を祀るのは、漁をする人たち海人族の信仰なのですね。その宮島の海で今回、私は生まれて初めてマダイを釣りました。素晴らしい経験です。

世界遺産の厳島神社が鎮座する宮島の周囲は、およそ30km。海沿いには多数の寺社が点在しており、そのうち7つの浦にある7つの神社を「七浦神社(七恵比寿神社)」と呼ぶ。船に乗って島を1周しながら、七浦神社を船から参拝することを「七浦巡り(御島巡り)」と言う。この写真はその七浦神社の一つ、宮島北東部にある「鷹巣浦神社」。

 10年ほど前から取り組んでいる修験道の修行で登拝している山もそうですが、海も自然ですから自分の思い通りにならないことが基本です。思い通りにならないからこそ、そういう環境に身を置いていることが大切だと思います。上手くいかないことも楽しむのが、釣りの面白さかもしれません。
 今回の体験をきっかけに、タイ釣り以外の釣りにもまた挑戦したいですし、釣りをテーマにした新しい狂言の演目も創ってみたいですね。たとえば『海幸彦山幸彦』の話を狂言にしたら面白いのではないかと思います。
『日本人をはじめ世界の人々の心をくすぐる笑いを通して、自分を知る、気づく、発見する』これが私の生涯の使命です」

小笠原由祠 (おがさわら ただし)
1965年東京都生まれ。和泉流狂言師。1983年に野村万蔵家へ入門。1986年「舟ふな」シテ(主役)で初舞台を踏む。1993年国立能楽堂第二期能楽研修修了。初世・野村萬(芸団協会長、人間国宝、芸術院会員、文化功労者文化勲章受章者)、 故八世・野村万蔵(演出・劇作家、織部賞受賞)、九世・野村万蔵に師事。フランスを拠点としてイタリア、ドイツ、オーストリアでの公演、オペラとのコラボなど伝統芸能の枠を広げ、国内外で幅広く活躍している。重要無形文化財総合指定保持者、公益社団法人・能楽協会会員、社団法人・日本能楽会会員。「萬狂言」関西支部代表。東京・京都・パリ「延年之會」主宰。千葉大学客員教授として教鞭をとる他、「見る・知る・伝える千葉」プロジェクトで毎年千葉県に伝わる神話や民話を題材とした創作狂言公演を企画演出。劇団「青年座」講師、パリ5区コンセルバトワール特別講師も務める。

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