2021
05.14
Vol.68 ② 特集◎「天塩川原野行」番外編
―天塩川流域で芽吹く釣り人たちのライフスタイル―

古民家を改築した、美深町の石窯焼きピザ・レストラン

取材・文◎本誌編集部
語り◎福島英晶
写真◎足立 聡

 天塩川流域の自然と釣りに魅了され、生涯をこの川の畔で暮らすことを夢見て移住し、昭和の古民家を改築し、本格的な石窯焼きのピザ・レストランを開店したご夫婦と出会った。フライアングラーの福島英晶さんと萌さんだ。
 今回、天塩川の特集で紹介した福島さん夫婦が営む「Pizza & Bar Bibliothéque(ビブリオテーク)」では、幻の小麦といわれ、独特の食感を持つ「ハルユタカ」という小麦粉を使用した石窯ピザが評判で、美深町や周囲の市町村だけでなく、その味を求めて札幌や千歳など道内の遠方や道外から訪れる方も多いという。

1960年に建てられた古民家をリノベーションした、北国ならではの雰囲気あるたたずまいだ。

「僕は東京都の羽村市出身で、妻は埼玉県鴻巣市出身です。妻の母方の実家が札幌にあり、妻は北海道の大学を卒業していたこともあって、早くから『将来は二人で北海道に移住したい』と思っていました」と、英晶さんは話す。
 英晶さんは東京の調理師学校を卒業すると、ホテルの洋食レストランやイタリアンレストランで腕を磨いた。また奥さまの萌さんは大学卒業後、東京でディスプレイデザイナーとして活躍していたという。そして、英晶さんが30歳の時にお二人は結婚。結婚を機に「定年でリタイアしてから移住するより、若いうちに移った方が人生は楽しいのではないか」と北海道への移住を考え始め、今から6年前の2015年に実現したという。
「最初に住んだのは美深町の隣町、下川町一の橋という、かなり山奥でした。3年間は地域おこし協力隊の仕事をしながら、ゆっくり住みたい場所を探そうと思っていました。妻は移住後も有名ファッションブランドからの仕事を受けており、北海道の奥地に住みながら、新宿伊勢丹の特設フロアイベント用の図面を描いたりしていました」と、英晶さんは移住当初のエピソードを楽しそうに振り返る。

福島英晶さんと萌さん。お二人は結婚15年目の仲良しフライアングラーご夫婦。

 その後、英晶さんは最初に移り住んだ下川町の山奥で、小さなカフェを経営し、萌さんは、美深町など地域にかかわるデザインの仕事を手伝うようになる。徐々に地域に溶け込むなかで美深町には、すでに移住して地域に根を下ろす先輩たちや、地域おこし協力隊などで移住を希望する若い世代の人が多く「美深は面白いらしい。定住の地としてもよいのではないか」と考え始めたという。
「暮らしの拠点を美深町に決めてからは、物件などとんとん拍子で決まりました。ただ、店をオープンするまでには、少し時間がかかりました。必要な書類の手続きとか、リフォーム工事を請け負う工務店さんの空き具合など、いろいろあって1年間何も進みませんでしたが、やっと石窯を設置して内装工事が終わり、お店をオープンしたのは2017年11月でした。

石窯で焼く本格的なビザは、北海道中にファンがいるという。その評判を広めてくれたのは、釣り仲間たちだった。

 ピザ・レストランを始めたのは、石窯で本格的なピザを作っているところが、この周辺にはないだろうと思ったからです。僕自身料理には明るいのですが、石窯を使ったピザ作りの経験はなく、東京にいた頃に通っていた、窯焼きピザ屋さんから技術を教えていただきました」
 英晶さんはピザ・レストランが軌道に乗れば、将来はキッチンカーを手に入れて、移動ピザ店の開業も考えている。何年もかけてこの土地で地盤を築こうと思っているが、住み慣れてくると他の川へも行きたいという釣り師の欲が出てくる。仕事か遊びかわからなくなりそうだが、「全国の釣りイベントで出店を出しながら釣り歩く、ということができたら夢のようだ」と言う。

うっすら降雪した11月の天塩川。英晶さんに言わせると、この程度の雪なら釣り日和。大物のニジマスを求めて、真冬でも雪をかき分けて釣行するという。

「釣りを始めたのは小学4年生からで、フライフィッシングを始めたのは中学1年生です。奥多摩や多摩川へよく行きました。フライロッドを握ってからは、あきる野市にある『養沢毛鉤専用釣場』へも通いました。
 美深町に来てからは、ほぼ毎日天塩川へ釣りに出掛けています。店は金曜日から月曜日までの週4日営業です。週末は道外からの観光の方も多くかなり忙しいのですが、それでも朝4時に起きて仕事の前にまず1回、休みの日は午前中と午後の2回釣りに行っています」
 英晶さんの天塩川でのターゲットは、主にニジマスだ。毎年コンスタントに60cmオーバーを釣っているという。天塩川のニジマスは太っていて体高もあり、独特のフォルムを持っている。そのぶん引きが強く、天塩川はニジマスだけ追い続けても面白い川だという。

体高があり太った天塩川のニジマス。こうした魚体が育まれる背景は、天塩川の生態系の豊かさが関係しているのではないか。

「天塩川の釣りの魅力は、すべてが規格外であることですね。東京で暮らしていた頃は、サクラマスを狙って新潟に5年通ったのですが、1本も釣れませんでした(笑)。しかしここでは、サクラマスより大きいニジマスが普通に掛かります。『こんな川が日本にあるのか!』と、他の土地ではあり得ないほど魅力的な川です。
 先日、美深町付近には少ないといわれている80cmオーバーのイトウが釣れたのですが、ニジマス好きの僕からすると、イトウも外道と思ってしまうほどです。釣りの夢は、70cmオーバーのニジマスを釣ること。それしか狙っていません」英晶さんは、普通の釣り人からすると、なんともうらましいことをいとも簡単に話す。

19時オープンの「タイイングバー」、毛鉤のタイイング教室も行っている。

 英晶さんは、お店が休みの日に美深町の釣り初心者の方たちを対象に、フライタイイングの教室も行っており、ここは天塩川や朱鞠内湖で釣りを楽しむ人たちの情報交換の場でもあるという。
「移住して多少の困難に直面したりもしましたが、妻と二人で向き合うと、それも楽しい思い出です。店の情報も釣りの仲間が広げてくれて、札幌から毎週訪ねてくれる常連さんもいます。ほんとうにありがたいことです。そうした仲間たちがいて、さらに天塩川がそばにあることは、僕にとって心からの幸せだと思っています」


Pizza & Bar Bibliothéque (ビブリオテーク)
北海道中川郡美深町西1条南5丁目
TEL/01656-8-7039
営業時間/14:00〜21:00(金~月曜日)
http://bibliotheque.jp/

福島英晶(ふくしま ひであき)
1977年東京都羽村市生まれ。中学生でフライフィッシングに目覚め、北海道のニジマスに魅せられ2017年に奥さまの萌さんとともに北海道へ移住。料理の腕も一流ながら、釣りもプロ顔負けの腕前。

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