2021
04.30
Vol.68 ① 特集◎「天塩川原野行」番外編
―北海道の至宝、黄金色のオショロコマを釣る―

深山で密かに生命をつなげる局所個体群

取材・文◎編集部
語り◎長谷川雅広
写真◎足立 聡
画◎浩而魅諭

「黄色というか黄金色の正体不明の魚が、水中を走ったんです。最初はニシキゴイの幼魚かと思いました」
 札幌の老舗登山用具店に勤務するMさんは、電話の向こう側で淡々と話す。
 詳しく聞くと、黄金色のオショロコマを釣ったのは5年ほど前。お店のお客さんと天塩岳に登山し、その帰りに天塩川の流れ出しのような細流に毛鉤を投げ入れると、一匹だけ釣れた。それが15㎝ほどの黄金色オショロコマだったという。その後、何度か登山の際に天塩川の源流で竿を振ったが、オショロコマどころかアメマスも少なかったため、「天塩川源流の自然は素晴らしいが、釣りはあまり期待しない方が……」とMさんは続けた。

極小の支流のプールで、やっと見つけて釣った15㎝ほどのオショロコマ。その場所のオショロコマの多くが腹部の黄色が強く、背面部まで黄金色を帯びている特徴があった。

 猛暑の羽田空港から、やはり猛暑の旭川空港へ飛び、毛鉤だけでは心もとないと旭川市内の釣り具店で餌釣り用の針とイクラ餌を購入し、天塩川源流を目指した。
 旭川から愛別町を抜け、県道101号下川愛別線を狩布(かりっぷ)川沿いに進み、愛別ダムを抜けて狩布川の分水嶺を越えると、天塩川の上流部へ出る。そこから逆Vの字に天塩川沿いに南東へ進み、ポンテシオ湖を抜けてさらに進むと、天塩岳登山口にある天塩岳ヒュッテに行きつく。天塩岳ヒュッテの駐車場で釣りの準備を整え、何気なくヒュッテの入り口掲示板に目をやると、「いたずら好きのヒグマに注意‼」という警告が目に入った。

天塩岳(標高1557.6m)は、北海道北部に位置する北見山地最高峰の山。昭和53(1978)年に、北海道立自然公園に指定され、山稜部では高山植物群落が各所に展開し、山麓部ではクマゲラやキツツキなどの鳥類、キツネ、ヒグマなどが多数生息。天塩岳山頂付近には、ナキウサギも生息している。

「天塩岳登山者の皆様へ “ヒグマ情報” 日時:令和2年8月22日(土)午前 場所:前天塩岳~天塩岳間(登山道) 状況:登山者につきまとう、何度も威嚇してくる、ポールを奪って逃げた。人に危害を加える恐れのあるヒグマがいるため、十分に注意してください。(士別市)」というものだ。
 人間に寄って来るクマは、きわめて対処が難しいといわれるが、我々の取った行動は、この近辺に生息するヒグマはこの個体だけではないので、セオリーどおりこちらの存在を知らせる。川通しでヒクマに遭遇することは少ないが、橋はクマも利用するので注意し、登山道でも見通しの悪い場所では、大声を上げてお互い離れ離れにならないよう注意して行動するというものだった。

水量も安定しているようで、河畔には苔類や天然のワサビが密生していた。いかにも釣れそうな雰囲気なのだが、まったくの空振りだった。

 Mさんの情報では、天塩岳登山道の入り口から5分ほどで鉄の橋があり、そこから堰堤までのわずかの間だけは、なんとかフライロッドが振れ、黄色い体色のオショロコマが釣れるらしい。さっそく、鉄の橋脇まで登山道を上り入渓する。
 頭上を気にしながら、オショロコマやエゾイワナなどイワナ系の魚が潜みそうなポイントに毛鉤を定位させたり、ゆっくり流したりするが反応はない。毛鉤のサイズやタイプなど次々に変えて沈めてみてもダメだった。なにしろ小魚が水中を走る影さえ見えず、魚の反応がないまま遡上するうちに、大きな堰堤の下まで来た。すると、あまりの反応の無さに業を煮やしたカメラマンが、「ちょっと餌釣りしてみます」と、カメラバッグを岩の上に置き、自前の延べ竿をするすると伸ばした。そして、旭川の釣具店で購入したイクラ小瓶を取り出すと、慣れた手つきで赤い塊を半分にちぎり釣り針にチョン掛けし振り込んだ。しかし、餌でも反応がない。

あまりに釣れずカメラを置いて竿を出してくれた写真家の足立聡さん。魚が少ない現実とどう向き合うのか? 試される。

 あきらかにこの源流部は魚が抜かれており、しばらくは釣りにはならないだろう。気を取り直して釣り具を一度しまい、水面落差約3.5mの砂防堤脇の斜面を這い登った。
 堰堤の上には開けた浅いプールが広がっていた。そのプールに注ぎ込む細流部に足を踏み入れると河畔林はシラカバからダケカンバに変わり、水深もくるぶし程度しかない。雨水が染み出て集まった儚い流れといった印象だ。木立は低くフライロッドを振るのにも苦労するため、全長3・6mのテンカラ竿の先に1mほどの仕掛けを付け、その先に16番のニンフを結び、チョウチン釣りの要領で支流の極小プールにダメもとでフライを落としてみた。すると突然竿先が震え、待望の手応えが伝わってきた。竿を短くしまい込みながらランディグネットにそっと収めてみれば24cmの噂どおり黄金色の体色のオショロコマだった。しかし、その沢の上流や他の支流も試してみたのだが、まったく釣れず、黄金色のオショロコマは、そのわずかなプールだけにしか生息していないようだった。

粘りに粘って釣れた、俗称「ゴールデン・ドリーバーデン」。はじめは、何が掛かったのかわからないほど背の部分まで黄色く輝き、光線の加減で黄金色に見える。サイズは24cm,
推定年齢は4歳ほどか。

 後日、長年にわたってオショロコマの変異を追い続けている北海道在住の長谷川雅広さんに、数点の写真を見てもらい詳しく話を聞いてみた。
 最初に長谷川さんから説明されたのは、オショロコマに限らず魚類の色彩に関与する要因は、いくつか存在するということだった。たとえば、棲んでいる場所の全体的なカラートーンや水温、水質といった物理的要因が効いて魚体の色が決まる環境色。特に「オショロコマやアメマスなどイワナ属の魚は、周囲の環境に合わせて色彩を同調させる能力が高いようだ」という。さらにオショロコマは冷涼な淡水環境を好むため、北海道の河川でも高い標高の渓流か、豊富な湧水があって年間水温が安定している河川に分限られる。そのため局所個体群同士で交配を繰り返した結果、遺伝的形質の差が明確になることが多いという。

【オショロコマ】Salvelinus malma (英名:ドリーバーデン) サケ目サケ科の魚。別名「カラフトイワナ」。体側に 5~10個のパーマークが散在する。陸封型と降海型とあり、北海道産のオショロコマのほとんどは陸封型。

「閉塞した局所で遺伝的な偏りが大きくなり、やがて淘汰されるリスクも高まります。こうした状態では突然変異が発生しやすく、これが遺伝子ボトルネックという現象です。その淘汰の危機を奇跡的に乗り越えて、再び集団内の個体数が盛り返すことがあります。すると集団内の個体が、偏った遺伝形質世代の特徴的な部分を色濃く反映することがあります。つまり変異型のクローンのようなもので、創始者効果と呼ばれます。北海道のオショロコマに時折見られる極端な変異型の局所個体群は、こうした二つのフェーズを経験していると推察されます。天塩川源流の黄金色のオショロコマもそうしたケースが考えられる」と長谷川さんは言う。そして、創始者効果が発生したか否かを判断するには、DNA解析が必要だと。

ポンテシオ湖のインレット上流でドライフライに果敢にアタックしてきた、おそらく産卵遡上のアメマス。体長は33㎝ほどだったがパワーもあった。サイズは大きくないが魚体が美しい。

 本州の多くの河川は、広範囲で放流が行われてきた結果、交雑していない在来個体群の生息域は、最上流域に位置する小河川のみであり、そうした生息域はかなり少ない。しかし、北海道の河川の場合、サケ以外の放流は行っていないため極端に山奥の源流でなくとも、ちょっとした支流を少し釣り上がれば、変わった体色や斑紋のオショロコマやエゾイワナに出会う確率が高いのではないだろうか。
 大きい魚を釣る、たくさん釣る、あるいは釣ったことのない魚を釣る……。釣りの楽しみ方は人それぞれだが、共通して言えることは、釣りには常に新しい発見があるということだ。それは釣りの楽しみの原点でもある。そう考えながら、天塩川源流域に息づくオショロコマが、この先も黄金色に輝き続けることを願い、「ゴールデン・ドリーバーデン」をそっとリリースした。


<使用タックル>
ロッド:アスキス[Asquith]J803
http://fishing.shimano.co.jp/product/rod/4268

リール:アスキス[Asquith]3・4
http://fishing.shimano.co.jp/product/reel/4362

長谷川雅広(はせがわ まさひろ)
1965年北海道札幌市生まれ。環境コンサルタント・オフィス マルマ代表。生物多様性保全の視点から、各種の自然環境調査や保全計画・設計・提案業務に従事。著述家や野生動物写真家としても活動しており、特に水中写真は、雑誌、書籍、学術データベース等で数多く使用され博物館展示も行っている。自他共に認めるオショロコママニア。

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