2018
10.26
Vol.60 ③
イソマグロなど大物を夢見て波照間島へ“断崖絶壁の荒磯で泳がせ釣りに挑む”
特集・八重山諸島の釣りと文化「日本最南端の豪快な“泳がせビッグゲーム”」より

巨大マンタが足元を泳ぐ、自然度100%の磯釣り師・憧れの地

取材・文◎フィッシングカフェ編集部 写真◎狩野イサム

新城さんはこのテラスで3日間過ごし、30kgを超えるガーラを釣り上げたこともある。

 ほぼ垂直に見える断崖絶壁の端に立つと、島影ひとつない紺碧の海が広がっていた。大きく息を吸い込むと、潮の香りと酸素を多量に含んだ空気に、都会にはない生命感を感じた。空気を吸い込んでは吐き出すというあたりまえの行為が、何か大きな力をもたらしてくれるような気がした。
 断崖から足元を覗くと、磯釣り師の釣り座としてはまことに都合の良い、15畳ほどのテラスがあった。グローブに指を通し海に背を向け、手と足の3点支持で慎重に一歩ずつ崖を這い降りる。
 テラスに降り立ちまず驚いたのは、釣り人の痕跡のあまりの少なさだった。人が歩き回ることで、ごつごつとした岩は多少削られてはいるものの、ピトンを打った穴は驚くほど少なく、訪れた釣り人たちがこのテラスを大切にしているような印象を受けた。

重いリールの入ったタックルバックや氷の詰まったクーラーボックス。半野営装備や食料・飲料水など、大きい荷物はロープで降ろし、担げるものは背負って降ろす。

 狭いテラスをひと回りしている間に、今回の波照間島の釣り取材を案内していただいた、石垣島の磯釣り名人、新城至しんじょういたるさん(43)と、同じ石垣島の釣り倶楽部に所属する新慎太郎あらしんたろうさん(33)が、慣れた様子でザイルを使い、テキパキと荷物を降ろしにかかっていた。
「慎太郎、もうちょっと右に構えて。ロープ送るよ」と新城さんが指示すると、「了解です」と、新さんはバスケットで鍛えた無駄のない身長184㎝の体で、氷が入ったクーラーボックスをがっしりと受け止める。やがて4本の大物竿をセットし、2人が活き餌確保用の竿を手にするまで、さほど時間はかからなかった。

新城さんの豪快なファイト。タックルは石鯛竿のリアルパワー石鯛とタリカ20Ⅱに道糸はPE10号、ハリスはナイロン50号という強靭な仕掛け。

ツンブリも生き餌として使った。サメが集まる前の初日は、キビナゴを付けた手持ちの竿にガンガン、アタックしてきた。

 新城さんは沖縄本島八重瀬町の出身。中学生から本格的に磯釣りを行うようになり、以来30年間“磯釣り道”一直線だという。仕事の関係で15年前に石垣島に転居してからは、さらに拍車がかかったそうだ。その大きな理由は、この高那崎での釣り。30kgを超えるロウニンアジやイソマグロ、地元ではオオマチと呼ばれるアオチビキなど、磯からの常識を超えた大物釣りが、ここではできるからだという。
 その新城さんの釣りの後輩にあたる新慎太郎さんは、石垣島の伝統織物である“ミンサー織”の織元『あざみ屋』の3代目で、高校を卒業後、神奈川県の大学で美術を学び、石垣島にUターン。地元の会社に就職した後、家業に就き、現在は事務職を担っている。「将来は自分でも織れるようになりたいと思っているのですが、釣りへの情熱も強くて……」というほどの釣り好きだ。
 年齢も異なるこの2人の関係を結び付けているのは、もちろん釣りだ。なかでも波照間島での釣りは、2人にとって特別な場所だという。

生餌とした1mを超えるリュウキュウダツ。このダツを釣るだけでも、かなりのファイトが楽しめる。

 今回、案内されたポイントは、波照間島南部の高那崎。日本最南端の碑から約600m東に位置し、車寄せから足場の悪い岩場を300mほど進み、海岸の岩場をほぼ垂直に5mほど程降りた場所にテラスがある。海面から7~8mの高さがあり、見た目は断崖絶壁の釣り座だが、北、南、西風に強く、高波にもさらわれにくい安全な場所だ。しかも真下で水深10~20m、30m沖では、水深が一気に40mになる駆け上がりだ。
 新城さんはサビキ仕掛け、新さんはフカセ用の竿に持参したキビナゴを房掛けして、それぞれ手持ちで仕掛けを投入する。地元ではグルクンと呼ばれるタカサゴなどの小魚を釣り、それを生き餌に磯からの泳がせ釣りで大物を狙うのだ。

新城さん自作の落としダモは大活躍。ツンブリなどの青物、生餌となるダツも弱らせないよう落としダモで丁寧に取り込んだ。

 仕掛けを投入して30分ほど経ったころだろうか、新さんのウキが引っ張られ、斜めに海中に引き込まれた。
「慎太郎、シジャー来たよ。まだよ、まだよ、いいよ、アワセて!」と、新城さんが声をかける。そのタイミングで解除していたベールを起こす。すると4号の磯竿は大きくしなり、沖に向かって一直線にラインが走る。そして寄ってきたのは、現地ではシジャーと呼ばれる、大きく太ったダツだった。
 新城さんは、波照間島の生き餌といえば、8割がダツだという。ダツは泳がせ釣りの餌になるし、切り身にすれば、打ち込み用の餌にもなる。しかも高那崎のダツは写真のようになにしろ大きい。大きい餌は、大きい魚が喰うので、グルクンが釣れなくてもダツが釣れれば、大物への期待が大きく膨らむという。

夕闇の中、新さんが流していた1mを超えるダツを丸呑みしたバラフエダイ。6~7kgほどのサイズ。

 今回新城さんは、園芸店でツル植物に使う円柱状の鉄製支柱とスカリを利用して、大物用の落としダモを自作してきた。沖に張り出すようなテラス状の釣り場では、ロープの長さを調整すれば、足元直下にタモ枠を落とすことができ、魚を傷つけることなく取り込むことができるからだ。
 その自作の落としダモが活躍したのは、納竿前の夕闇迫る19時半。西端の置き竿が大きく揺れだし、一気に引きこまれた。
「慎太郎、イソンボかもよー!」と、新城さんが声をかけ、新さんに竿をとるように促す。新さんは両手で竿を握ると、全身で大きく合わせを入れる。しかし、イソマグロではなく、現地で「アカナー」と呼ばれるバラフエダイがダツを丸呑みしたのだ。
そのファイトもすごいが、闇の中で赤くにじむ魚体の美しさは、例えようのないものだった。

このような巨大なサメが集まってしまった。サメにとってもダツは大好物。しかも、やっと掛けた魚もことごとくサメの餌に。

 今回の2日間の遠征は好天に恵まれたが、残念ながらイソマグロを手にすることはできなかった。理由は60kgを超えるアオザメを筆頭に、サメに目をつけられたこと。掛けた魚をことごとく横取りされてしまったのだ。
 しかし、新城さんや新さんが「石垣島の人間にとっても、波照間島で釣りをするというのは特別なことだ」と語っていた意味は、十分理解できたように思う。

 船さえも通らない断崖絶壁の孤島、巨大なマンタが足元を悠々と泳ぎ去り、釣れる魚種は多く、そのすべてが大きい。集落に戻れば観光地然とした街並みではなく、赤瓦の古民家とコンクリートの家が無理なく馴染んだ沖縄の原風景がある。
「波照間島の釣りの魅力は、お金では買えない“何か”があることです。その“何か”とは、釣り糸の先に広がる途方もない可能性だと思います。波照間島の釣りには深さがあります。一生釣り暮らしたいのなら、波照間島ですね。ぜひ、また来てください」と、新城さんは言う。

新城至(しんじょう いたる)

1975年沖縄県八重瀬町生まれ。石垣島釣り倶楽部『フィードマン』所属。15年前に石垣島に移ってから石垣島の磯釣り名人として知られ、八重山諸島の磯釣りを新たな見地で開拓している。

新慎太郎(あら しんたろう)

1985年沖縄県石垣市生まれ。石垣島釣り倶楽部『フィードマン』所属。長身を活かして中学・高校時代は、バスケット選手と活躍。その恵まれた体格はまさに荒磯向き。

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