2017
03.10
Vol.55 前篇 Turn Your Techniques Into Wisdom.
特集『古今東西、“魚釣り指南書”を廻る冒険』
時代との対話「ザ・カーティス・クリーク・マニフェスト」より

奔放な挿絵とユーモアを交えたシェリダン・アンダーソンの世界

文◎本誌編集部 写真◎知来 要

 長野県南佐久郡川上村は、日本有数の高原野菜産地であり、村内の就業者の6割が第一次産業にかかわっている農村地帯だ。その野菜畑を流れる千曲川の最上流部に位置する支流の金峰山川の畔に『フライフィッシング教書』(初版1979年)の著者、田渕義雄さんの自宅がある。
『フライフィッシング教書』は、ユーモアあふれる挿絵と解りやすさで、世界中で絶賛されたシェリダン・アンダーソンの『ザ・カーティス・クリーク・マニフェスト』というフライフィッシングの入門書にプラスして、田渕さんが日本の釣り事情を考えて膨大な情報を加筆した共著本である。そうした経緯も踏まえるならば、シェリダン・アンダーソンのすばらしさ、面白さを語れる人は、日本では田渕さん以外いないだろう。
 田渕さんが自給自足的な暮らしを目指し、金峰山川の畔に居を構えたのが1982年。すでに30年近く前になるが、1年ごとに少しずつ森を切り開き、今では美しい菜園と母屋、小さなゲスト用のキャビンもある。そうした暮らしの在り方にヒントを得た理由のひとつに、シェリダン・アンダーソンとの出会いも関係している。

『ザ・カーティス・クリーク・マニフェスト』の表紙。その冒頭のコメントには、――フライフィッシングとは、そうではないんだ、という噂にもかかわらず、至上の目的はやっぱり“魚をつかまえることだ”……、すなわち問題は、魚をおどろかせることなく、いかにフライをプレゼンテーションするかにあるようにおもわれる。それは、きみの存在を魚に気づかれないように――(『フライフィッシング教書』より抜粋)

「1976年に取材で渡米した際に『ザ・カーティス・クリーク・マニフェスト』を初めて手にしたのですが、読んでみて『これは面白い!』と直感しました。その後、打ち合わせのために夏に2回ほど訪ねたことがあるのですが、当時彼は、南オレゴンのチェロキンという小さな町の外れに、小さな家を借りてひとりで暮らしていました。森に囲まれたかなり古い家というかボロ屋で、ドラム缶を改造した薪ストーブを焚いていたのが印象的でした」と、田渕さんは言う。
 田渕さんがシェリダン・アンダーソンの家を訪ねた頃、そして『ザ・カーティス・クリーク・マニフェスト』が出版された時代は、アメリカでもキャッチ・アンド・リリースという概念がない時代だった。しかし、すでにアメリカでは釣りの達人たちによる“いかにたくさんの魚を釣るか”という技術系解説の出版物が書店をにぎわし、「フライフィッシングは難しい」という印象を持たれてしまっていた。そうした時代に“面白くフライフィッシングを学べる書”として、この本は大ブレークしたのだという。

シェリダン・アンダーソンには、通常のフライフィッシングの教則本なら何ページにもわたる水生昆虫の解説を、たった1ページで簡潔に解説できるすごさがあった。各ページのキャラクターも何とも笑える。

「考えてみてください。釣りは、『絶対に魚を釣らなくてはいけない』という考え方や意見もありますが、『魚だけを釣っている』わけではないのです。むしろ、後者の方に比重があると思います。最近、アメリカで日本の伝承毛鉤釣りのテンカラがブームです。その理由は、たとえば哲学というジャンルを学ぼうと思った場合、“哲学とは何か”という入り口として、私の経験では、『哲学入門』が一番いい哲学書だと思います。同じように毛鉤釣りをアメリカ人が学ぼうと思ったら、シンプルなテンカラ釣りをきっかけにして、後は自分が好きな方向に向かえばいいわけです。
 この『カーティス・クリーク・マニュフェスト』も“フィッシングとは何か”という考えで作られているので、最終的には“楽しめればいい”ということで終わっている。そして、彼の絵と話は、西洋の風刺画の伝統が根本にあり、その技法を生かしてこういった入門書を作ったので、誰にもまねのできない表現があります」


シェリダン・アンダーソンから田渕さんへ宛てた直筆の絵にタイピングされたレター。

 シェリダン・アンダーソンは以前、サンフランシスコにあった「リップオフ・プレス」という有名なコミック雑誌社とよく仕事をしていたそうだ。“リップオフ”とは、著作権者の公認を得ないで制作したコピーに近い出版物をいうが、そうした仕事をしながらも、自然破壊や環境の悪化に心を痛めるカウンターカルチャーを携えて、自分が理想とする方向性とは真逆に世の中が流れていることに心を痛めている、といった印象だったという。
「シェリダン・アンダーソンは結局、本物のヒッピーだったのだと思います。芸術家としてのヒッピーです。お金儲けをしたことは一度もないし、結婚もしていません。世間のそうした常識を求めない人でした。
 僕にもよく手紙をくれました。彼は、自分が描いた絵にタイプで打った手紙を添えて友人に送っていたから、亡くなったときは本人の手元には1枚も絵が残っていなかったそうです。そういう潔よさが彼にはあって、面白い男でした」

『フライフィッシング教書』(晶文社 初版1979年)の前半60ページが、シェリダン・アンダーソンの『ザ・カーティス・クリーク・マニフェスト』の翻訳。残り150ページ以上が田渕さんの加筆でまとめられている。2014年の時点で32版。フライフィッシングの技術書では、間違いなく日本一売れている。

『カーティス・クリーク・マニュフェスト』は世界中で出版され、そこから生まれた『フライフィッシング教書』も2014年の時点で32版と、フライフィッシングの技術書では、間違いなく日本一売れている出版物と言えるだろう。その理由を田渕さんは「何しろ、楽しんで読める本だからよかった」と言う。
 フライフィッシングもその他のアウトドアスポーツも最初は、楽しむために取り組むのだが、なかには夢中になって趣味の領域を超えてしまう人もいる。しかし、元を正せば楽しむことで今の自分より、さらに良い自分を見つけるために始めたことだろう。
 シェリダン・アンダーソンにしても田渕さんにしても、そうした取り組みに対して、肩の力を抜いて笑える絵と文章で真面目に読者に対峙したことが、結果的に多くの共感を得たのではないだろうか。

田渕義雄(たぶちよしお)

1944年東京生まれ。作家。1982年に八ヶ岳にほど近い金峰山北麓の山里に居を移し、作家活動を続ける。自給自足的田園生活を実践し孤立無援をおそれず、自分らしく生きたいと願う人々に幅広い支持を得ている。著書に『森からの手紙』『山からの手紙』『川からの手紙』『21世紀の自然生活人へ』『森暮らしの家』(以上、小学館)、『フライフィッシング教書』『バックパッキング教書』(共に、晶文社)など多数。

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