2018
03.23
Vol.58 ⑥
特集・鱸釣り賛歌
「古代のスズキ」より

境港から中海、そして大橋川から宍道湖へ遡る“神々の魚”を釣る

文◎編集部 写真◎狩野イサム

中海と日本海をつなぐ境水道大橋の下を疾走する。ここは、スズキももちろんだが、時期によってサワラや青物も釣れる。

 7月下旬の中海は、湿り気のある重い空気に包まれていた。江島大橋の欄干をくぐると、さらに蒸し暑さが増した。それでも23フィート、70馬力の小型ボートが出力を全開にして走れば、その暑さもいくらか和らぐ。船長の仲野肇さんは、風切り音に負けないように、耳もとに顔を近づけて大声で話し始めた。

小ぶりなのにランディングネットの中でも大暴れする。スズキのこの力は、どこから沸いてくるのだろうか?

「中海、宍道湖は、12月いっぱいまでスズキが釣れます。それ以降は産卵で外海へ出てしまうので、水道筋で釣れるようになります。そして、こちらへ戻ってくるのは春です。ゴカイとかイソメなど水底に棲む生物が繁殖期になると海底の土の中から抜け出てくる、いわゆる『バチ抜け』の4月、5月くらいですね。そして、6月に入るとコノシロが沖から入り30㎝くらいはあるので、20㎝のルアーでも平気で食ってきます。トップでも結構出てきます。僕は100gくらいのペンシルベイトをポンポン投げます。その時期は大きいのを釣りやすく、だいたい80㎝、90㎝アップですね」
 そして、7月になると活性が悪くなり8月から釣れだし、秋口はサッパにボイルするようになる。サッパは群れで行動するので、スズキがその群れを囲み下から突き上げて食う、迫力ある様子が見られるという。

『古事記』、大国主命の国譲り『葦原中國の平定』の章の一文。写真の後ろから4行目から2行目に「千尋もある長い縄を打ち伸ばし(今日の延縄のことであろう)、釣りをする海人が、“口大之尾翼鱸(口の大きな尾ビレがぴんと張った立派なスズキ)”を、ざわざわと引き上げ」「天の眞魚咋(魚の料理)として献上した」とある。

 春先に小魚を追って鳥取の境港から遡上を始め、中海、大橋川を抜け、宍道湖の奥深くまで遡上するスズキ。古代からその旺盛な生命力が評価されてか、出雲の国では、さまざまな神事で扱われ、『古事記』には、国譲りの宴にスズキが献上されたことが記されている。
 そこで今回の取材では、まず、宍道湖でスズキの延縄漁の古代史実を検証した考古学者の内田律雄さんに「スズキの神話性」についてお話をうかがい、翌日、釣り倶楽部『オーパ!』の会長を務めるルアーアングラーの佐々木洋三さんとともに「スズキの神話性」に迫るため、中海でスズキ釣行を試みたのだ。

境港では、毎年7月下旬の土日に「みなと祭」が行われる。大漁旗で飾った100隻を超える漁船のパレードが行われ、地元境港の漁船のほか、対岸の美保関町の漁船も参加する目にも華やかなイベントだ。

 前日の内田さんの話では、宍道湖のスズキは春から湖で成長して、雷とともに雨やみぞれが降る旧暦の10月、出雲地方の神在月になると、成長したスズキが外海へ出ていくという習いがある。松江にある売布めふ神社では、その習いに従った神事が今でも行われ、地元の漁師が1mほどの大きなスズキを奉納するという。
「スズキは古来、そうした神事に使われる神聖な魚だったと考えられます。釣りをしていても、その強い引きは特別な思いの残る魚です。この周辺には、マダイやキジハダなど魚はたくさんいますが、やはりスズキは別格ですし、食物連鎖の中でも沿岸汽水域の帝王です。マダイもお祝いの席に頻繁に登場しますが、この辺りではスズキほど神聖かというとそうでもないのです。
 マダイは沿岸に寄る時期が短く、沖に出ないと釣りにくい魚です。しかし、スズキは岸からも釣れて、釣れる時期も長い。そういう生息形態も、歴史的な違いとなって表れているのだと思います」と、内田さんは言う。
 内田さんの話の中で興味を引いたのは、日本海側の出雲ではスズキが神聖視されてきたが、瀬戸内海ではマダイが神聖視されている。祭りで奏でる和楽器の琴も、日本海側の琴にはスズキが描かれているが、瀬戸内海側ではマダイが描かれているということだ。

「日本の古代国家が成立したとき、なぜスズキが重要な魚として重用視されたのか。『古事記』や『日本書紀』が著された時代に、実際に献上していたわけですが、そこが大きな謎なのです。いつごろから、なぜそういう地域性が出るようになったのか、それを想像することも楽しい」と、内田さんは言う。
 さらに、松江の有名な料理で「スズキの奉書焼き」がある。玉造たまつくり温泉などの温泉宿では、人気の高い献立だが、もともとは殿さまに献上するためのレシピとして生まれた料理だ。
 松江藩主の松平不昧まつだいらふまい公(松平治郷)が宍道湖の近くを通ったとき、地元の漁師がスズキをそのまま灰に入れて蒸し焼きにしていたのを見て、それを所望された。しかし、灰が付いたままでは失礼だろうということで和紙に包んで献上したという説だ。それが、どこまで真実であるかはわからないが、「神聖な魚を神様に奉納する」ということにもつながっているのではないか、と内田さんは考察する。

バイブレーション系のルアー「サルベージ」をがっちり咥えた中海のスズキ。

 今回、佐々木さんはコノシロの時期が終わったこともあり、スロー・リトリーブでもアピール力のあるバイブレーション系のルアーで中層、底を探った。そして、ここぞと思うポイントでは、執拗にキャストを繰りかえす。それでも午前中は40~50㎝程度のスズキが5匹ほど。仲野さんも中海を縦横に走らせ、大橋川を遡上し、松江近くまでポイントを探ってくれるが、大きな釣果はなかった。やがて午後になり、中海に浮かぶ大根島北側のポイントまで戻り、船上で昼食を済ませると、一陣の風が水面を叩き、それまでの薄曇りの蒸し暑さが少し和らいできた。
 佐々木さんは、何か気配を察したのか「チャンスやな」と、一言つぶやくと本能的にロッドを掴み、風に乗せるようにルアーを遠投する。小さな波紋が大きな風波と重なり合うように船腹にぶつかる。すると、水面に対し伏せるように巻いていたリールが「ジッ」と音を立てたかと思うと、ロッドの先が水面に突き刺さった。その様子を見ていた船長が、すかさずタモ網を持ち、「いいサイズです」と、慎重な魚とのやり取りを促す。

88㎝のスズキを釣り上げ、佐々木さんも船長の仲野さんも嬉しそうだ。気分屋で獰猛、繊細かと思うと大胆。そして神々しい美しさ。スズキは釣り人を惹きつける多くの要素がある。

 上げてみれば、80㎝オーバーの立派なスズキだった。背ビレも大きく張り出し、尾のつけ根は太く、口も大きい。そして鎧のようなウロコは銀色に輝き、まさに神々しいという表現がぴたりとあてはまる。
 佐々木さんが「神様に献上できるギリギリのサイズやな」と、ぼそっとこぼすと「出雲の神々さんは、おおらかですから」と、仲野さんが笑顔で答えた。
 そのやり取りを聞いていて、数千年もの時代を経て今なお、なぜスズキが神聖な魚として扱われてきたのか? そして、日本各地で多くの釣り人がスズキに夢中になるのか? その理由が、少しだけわかったような気がした。

内田律雄(うちだりつお)

1951年島根県に生まれ。日本大学法学部政治経済学科、青山学院大学文学部史学科卒業。学術博士。現在、島根県埋蔵文化財調査センター主幹。著書に考古・民俗・文献の三者を合体し、古代日本海沿岸地方でどのような漁撈が行われ、漁撈民間に存在した広域交流がどのようなものだったかを大胆に探った『古代日本海の漁撈民』(同成社)など。

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