2018
08.24
Vol.60 ①
巻頭インタビュー・宮沢和史
「思い出に残る釣りを求め、足跡のない道を遡る」より

「秋田白神の渓流で見せた宮沢和史さんの美しい釣り」

取材・文◎フィッシングカフェ編集部 写真◎足立 聡

 西日本で梅雨入りのニュースが流れ始めているというのに、降り立った大館能代空港の空は、薄陽がキラキラと射す絶好の釣り日和だった。その好天に気をよくした取材班は、さっそく開通して日の浅い秋田自動車道、羽州街道を通り、日本海側へ車を走らせた。
 車窓から流れ込む、白神山地南西部の峰々から吹き下ろす風は、適度な湿度を帯びた涼風だった。その風を受けて宮沢和史さんは「釣りは、久しぶりなんですよ」と、誰に話すともなくつぶやいた。

最近は以前に比べ、渓流通いのペースが落ちたという宮沢さんだが、新緑の秋田白神の渓流は、天使が舞い降りてきそうなほど美しい。川畔に育つ山菜、ほとばしる清流、そのどれもが素晴らしいと宮沢さんは言う。

 1989年にTHE BOOMのボーカリストとしてデビュー以来、世界的ヒットソングとなった『島唄』など、数々の独創的楽曲を生み出してきた宮沢和史さん。民謡、民族音楽、ラテン、レゲエやスカなど、国内外のさまざまな音楽のエッセンスを自身の音として創造する独自のセンスは、ロックの領域を超えた日本を代表する音楽家だ。
 その宮沢さんの趣味は、「釣り」と「バイク」。なかでも「釣り」は、父親や友人の影響で幼少より渓流釣りに親しみ、少年期には大きなムーブメントとしてアメリカから訪れたバックパッキング、フライフィッシングなどのアウトドア文化に影響を受けたという。
 8月10日に発行された『Fishig Café』60号の巻頭インタビューでは宮沢さんに、ご自身にとっての「釣りと音楽活動の軌跡」を中心に話をお聞きしている。その取材・撮影のために、白神山地の秋田県側の渓流を訪れたのだ。

使い慣れないロングリーダー、ロングティペットに最初こそ苦戦したものの、そこは40年近いキャリアでカバー。自分なりの工夫ですぐに修正してしまった。ほんとうに釣りが上手な方だ。

「ロングリーダーにロングティペット。全長で20フィートは、初めてかな? けっこう長いですね」と、宮沢さんはAsquith(アスキス)3番8FTを握ると、普段とは違うラインシステムに戸惑いながらも、的確に毛鉤を流れに乗せていく。
 家の近くに山梨県の昇仙峡で有名な荒川があり、小学校への通学の行きや帰りに、ハヤやオイカワを釣って遊んだという宮沢さん。フライロッドを始めて手にした中学1年生以来、フライフィッシングのキャリアは40年近い。
 そのキャリアを物語るように、宮沢さんはロングリーダーシステムにもすぐに適応し、果敢にポイントを攻める。そして、最初の一匹目はロッドを握ってわずか10分後。流れの本筋の向こう側の緩い流れに上手に毛鉤を乗せ、幅広の綺麗なヤマメを釣り上げた。
 その後もひと場所ごとに、久しぶりとはとても思えないほどテンポ良く、20~25㎝のヤマメを釣り上げていく。その一挙手一投足をファインダーからのぞいていたカメラマンは、「宮沢さんは、ここぞと思う場所で必ず釣ります。撮影している側からいえば、“リズム感の絶えない釣り”というのでしょうか。撮影していて気持ちよくなります。さすがミュージシャンですね」と、感想を漏らしていた。

「アメリカのマスたちも美しかったが、地元の川のヤマメも秋田のヤマメもイワナも、それに負けないくらい美しい。命のつながりの中に自分が入ることのできるのが、フライフィッシングの魅力」と宮沢さん。

 釣り始めこそ平瀬の多い渓流だったが、わずか200mほど遡上すると、左右に斜面が立ちはだかるV字谷の渓相に変わってきた。段差のある流れ込みと、その下流に広がるアクアブルーが映えた泳ぎたくなるようなプール。そのプールから平瀬の距離が短くなり、次々と好ポイントが増えていく。しかも、最初はヤマメだけだったが、イワナが混じるようになり、最後はイワナだけになった。狙うポイントも流れの巻き返しなどピンポイントになり、そうしたピンポイントこそ、ロングリーダー・ロングティペットが本領を発揮する。毛鉤が着水しラインが流され、流されたラインに毛鉤が引っ張られ、不自然に動くまでのわずかな時間を、この長いリーダーシステムが稼ぎだすのだ。
 すでにロングリーダーシステムをものにしていた宮沢さんは、場所によってはフライラインをほとんど出さず、リーダーとティペットだけでピンポイントに毛鉤を落とし、ヤマメとは好対照にゆっくりと喰らいつくイワナを、ための効いたアワセで淵から淵へと次々に釣り上げていく。そして、釣り上げたイワナを愛でるように、優しくそっと水に戻す姿が印象的だった。

宮沢さんほど丁寧にリリースする釣り人は珍しい。魚を掴むときには、必ずグローブを水に濡らしそっと水の中に帰す。その一連の動作がごく自然に行われるのだ。

「デビューが23歳ですから、今思えばまだ子供です。プロになると想像以上に心労もかさみます。休みもほぼないという毎日でした。自分の夢が叶ったのは嬉しいのですが、心が疲れてしまった時期もありました。そこで休みをもらい、ジムニーを借りて1週間、子供の頃に父に連れて行ってもらった川を、自分の力と足で訪ねてみようと思ったのです。
 その一週間で『自分にとって釣りは、人生の中の大切なひとコマ、自分の一部として存在する』ことに気づきました。そして『いつでも、釣りに帰ってくればいいんだ』と思えた瞬間から、張り詰めていた緊張もほぐれ、そこから怒涛の音楽人生も始まりました。
 また、あのジムニーの釣り旅で、考えさせられることもありました。ある夕まずめに入れ喰いになったのです。餌、ルアー、フライと3種の釣りをしていたのですが、フライでも喰ってくる、ルアーにもガンガンチェイスしてくる。夢中になりすぎてふと気づけば、カエシのあるフックを外して魚をリリースするときなど、自分の釣りがどんどん雑になっていったのです。
『僕は魚が好きで、魚に会いたくて釣りに来ているのに何なんだ!』と、舞い上がっていた自分が信じられなくなると同時に、腹が立ってきました」と宮沢さんは回想する。
 以来、宮沢さんはバーブレスフックを使うようになり、魚が弱らないよう丁寧にリリースするようになったという。なかでもフライフィッシングは、魚と自分がフィフティ・フィフティの関係に感じられ、こちらが圧倒的に有利ではなくて、むしろ10対0で、完全に負けてしまう場合もある。そこが魅力であり、自分にとって特別な釣りになったという。

自分のキャンピングカーに竿を積み、一人だけ別移動で全国ツアーを周ったこともある。秋田は青森からの移動日に初めて訪れ、昨年も秋田で釣りを楽しんだ。その濃密で繊細な渓相と魚の美しさが好きだという。この素晴らしい渓流の中で「一生忘れない釣りを重ねながら、一回一回、気持ちよく竿がたためる釣り人になりたい」と、宮沢さんは言う。

 THE BOOMが25周年を迎えた2014年に解散し、以後、宮沢さんは、ソロミュージシャンとして活躍。多くのミュージシャンに楽曲も提供している。ほかにも2012年から4年をかけた『唄方プロジェクト』では、沖縄民謡の保存と継承のため沖縄のご年配の唄い手さんを中心に好きな民謡を一曲唄っていただいた全245曲を収録した『民謡大全集1・唄方~うたかた~』を制作。沖縄県の図書館や教育機関等へ寄贈したという。また、三線の棹(ソー)の原材料となる“くるち(琉球黒檀)”が沖縄で採れなくなり、そのほとんどが輸入に頼っていることから、『くるちの杜100年プロジェクトin読谷』という、琉球黒檀の植樹プロジェクトも2012年から行っている。
「1945年の沖縄戦では多くの方が亡くなり、くるちも三線もその多くが消失しました。七十数年前にはあったものが、今はここに無いのです。自分たちが植えたクルチが成長し100年後、三線が作れるということは、その間、戦争も起きなかったということにもなります。そんな願いも込めています」と思いを語る。
 そうした活動を続けながらも、宮沢さんにとって釣りは、もはや趣味ではなく自分の一部であり、今後もそうあり続けることは間違いないと言う。そしてこれからは、一回一回の釣りを大事にしたい、雑になりたくないという思いが強いという。
「ロックも音楽もそうですが、若い頃の初期の音楽も美しいし、年を重ねればその歳のロックがあり、反抗があり、メッセージがあります。自分もそれをやってきたつもりですが、釣りも同じように、年齢に合った立ち向かい方をしたいと思います。そして、釣りは『フナに始まりフナに終わる』と言うように、釣りも音楽ももしかしたら、ある程度満足できるところまでたどり着いたとき、自分がただただ夢中になっていた頃、挑戦していた頃に立ち還るのかもしれませんね」と、宮沢さんは言う。
 今回の取材で宮沢さんの音楽や釣りに対する愛情、魚と戯れる無邪気な笑顔に触れ、『トムソーヤの冒険』の作者マーク・トウェインの“The best way to cheer yourself up is to try to cheer somebody else up.―あなた自身を元気づけるための最良の方法は、誰かを元気づけてみることだ―” という言葉が浮かんだ。夏を前にした秋田白神の渓流は、純粋な釣り人と魚たちが奏でる、精彩をおびた空気に満ちあふれていた。

宮沢和史(みやざわ かずふみ)

1966年山梨県甲府市生まれ。明治大学経営学部卒。THE BOOMのボーカリストとして1989年にデビュー。以降、たぐいまれなる探求心と行動力で、生命感あふれる音楽の源泉を求め国内外を回り、これまでにTHE BOOMとしてオリジナルアルバムを14枚、ソロアルバムを4枚をリリース。2006年には多国籍バンドGANGA ZUMBAを結成。代表作の一つ『島唄』はアルゼンチンでの大ヒットをはじめ、各国のミュージシャンにカバーされ、国境を超えて今なお世界に広がり続けている。THE BOOMは25周年を迎えた2014年に解散し、現在ソロミュージシャンとして活躍。多くのミュージシャンに楽曲も提供している。著書に『旅の響き』(河出書房新社)、『言の葉摘み』(新潮社)、『BRASIL-SICK』(双葉社)など多数。

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