取材・文◎本誌編集部
語り◎山形収司、松林眞弘
朝から気合いを入れて頑張っていた釣り客はすでに竿をしまい、居残りの延長組と「3匹釣り上げたらそこで終了」になるショートタイムの釣り客だけが、生け簀(いけす)を取り囲むように設置された桟橋の上で、黙々と竿を振っている。釣り客が減るにつれ、生け簀の上空を忙しそうに飛翔していたウミウやゴイサギ、カラスやトンビも一段落し、橋げたや欄干に止まり羽を休めている。
「こりゃあかんわ。生け簀の中にぎょうさんイワシが紛れていて、ハマチもカンパチもアジの生き餌に見向きもしませんわ」
兵庫県・淡路島の洲本町で、釣り関連の書籍だけで1万冊近く蔵書する『淡路魚釣り文庫』の主宰、松林眞弘さんは言う。それでも竿先を丁寧に動かし、生き餌のアジをここぞと思う場所へ誘導してチャンスをうかがっていた。
ハマチの養殖技術発祥の地、香川県東かがわ市引田(ひけた)でオリーブの葉を飼料に混ぜ育てられた「オリーブハマチ」を釣るために、南あわじ市の福良(ふくら)湾にある『じゃのひれアウトドアリゾート』のフィッシングパーク、海上筏(いかだ)釣り堀を訪れていた。
関東では「海上筏釣り堀」という名称自体馴染みが薄いが、関西や四国ではリアス式海岸や瀬戸内海の内海など、穏やかな海を利用して造られたポピュラーな施設だ。釣りの対象魚は釣り掘ごとに異なるが、マダイはどこの筏釣りでも定番の対象魚で、ほかに青物では出世魚のブリ系の魚種、カンパチや高級魚のシマアジ、冬季はトラフグやスズキなども対象魚となる。そして、このとき『じゃのひれアウトドアリゾート』の生け簀の中では、なんとカタクチイワシが群れていたのだ。
「この辺りは、潮の関係で小魚が寄りやすいんですよ。カタクチイワシをはじめとするイワシ類、ほかにキビナゴや豆アジ、アオリイカの稚魚など、淡路島ではタチウオまでもがベイトフィッシュですから」と、松林さんは言う。
水中に沈めてある生け簀の網は目が粗く、イワシやキビナゴなら簡単にすり抜けられる。自分たちを捕食する青物が入った危険なゾーンなのだが、イワシにとっては生け簀の中の方が安全なのだという。
福良湾は、淡路島と徳島県に挟まれた「鳴門のうずしお」で有名な鳴門海峡に近く潮通しが良いため、大型の青物が海上筏釣り堀の周囲を回遊することも普通にある。生け簀に向かって竿を振っていると、生け簀の外でバッシャン、バッシャンと青物が小魚を追いかける音が聞こえ、ときにドッボンーン! と激しい音がきこえてくるのだ。そのにぎやかな様子に、確かに生け簀の方が安全なのかもしれないと実感する。
その日、午前中は1~1.5kgのマダイを二人合わせて10枚以上、ほかに600gのシマアジを2枚釣り上げた。しかし、大型の青物はイワシの群れの影響で豆アジを追いかけようともしないのだ。やがて正午も過ぎ、管理棟のレストランから出前をとった讃岐うどんで腹を満たし(これがうまい!)、いよいよ延長戦に入った。そのとたん、松林さんの3号サイズのウキが微妙に揺れたかと思うと、スーッと沈み込んだ。
「待ってくださいよ、待ってくださいよ。青物ですよー」と松林さんは、ガツンとアワセを入れる。その瞬間、9フィートのやや硬めのシーバスロッドがギュイーンと絞り込まれ、竿先が小さな生け簀の中で右へ左へと振られている。しかも、ドラグをかなりきつく締めていたにもかかわらず、ラインがズルズルと引き出されていくのだ。
「あっ、こりゃあかんわ。カンパチです」と少々落胆しながらも松林さんは、ランディングネットを素早く水中に差し込み、見事なカンパチを釣り上げた。その後、粘りに粘って念願のオリーブハマチを釣り上げ、その日は納竿となった。
今回お世話になった『じゃのひれアウトドアリゾート』は、フィッシングパークのほかにドルフィンファームやシーカヤック、バーベキューガーデンや天体観測サイト。そして、釣りと魚関係の図書室や工作室などもある。総面積51000㎡という関西屈指のアウトドアスペースだ。しかも海上筏釣り堀を含め「手ぶらでやってきて遊んで帰る」こともでき、オートキャンプ場には、広大なテント用サイトの他に、タイプの異なるコテージが39棟もある。
今回我々は、その中で憧れのキャンピング・トレーラー「エアストリーム・16フィート」に宿泊。釣ったオリーブハマチとマダイを調理して『じゃのひれアウトドアリゾート』の代表である山形収司さんをお招きして、お話をうかがった。
「ここにはもともと、大手ゼネコンがヨットハーバーのある大型リゾート施設を建設する予定でした。それでまずオートキャンプ場がオープンするときに、私の家業は水産会社を営んでいたので、ここで釣り堀をやらせてほしいと申し入れたのです。ですから海上釣り堀は、2001年にオートキャンプ場がオープンすると同時にスタートしました。
ここでは季節に合わせて、色々な魚種の養殖魚を放流していますが、養殖魚の質はこの20年でだいぶ変わってきました。昔は養殖の餌にイワシなど生餌を使っていたので、脂がとても強かったのです。現在は、さまざまな素材の配合飼料が用いられているので、そういうことがなくなりました。愛媛県の宇和島のマダイは、餌にミカンの皮を利用していますし、香川県の引田のハマチならオリーブを利用するなど、魚がおいしくなるように工夫されています」
「引田の養殖場のオリーブハマチは、オリーブの実ではなくて葉っぱを利用していますが、今、自分たちが開発している飼料は、オリーブの植物油を搾った後のかすを混合した餌です」と山形さんは言う。
山形さんの会社は淡路島のオリーブ園と一緒に事業を展開し、オリーブの搾りかすはいくらでも出る。来年は搾油機械を導入して自社でオリーブオイルを搾り『じゃのひれ』ブランドのオリーブオイルの商品化も考えているという。
「オリーブオイルの一番搾りは、イタリアでは価値のある高級品です。小豆島はスペイン産のオリーブの樹ですが、淡路島のオリーブ園のオリーブの樹は、個性を出す工夫のひとつとしてイタリア産です。オリーブの樹を剪定した枝は、木工品の材料としても利用できます。もちろん葉も手に入りますので、引田と同じように粉末にして養殖魚用配合飼料の材料にすることもできます」
新しい事業の廃棄物を既存の事業に再利用できるのは環境にも良いし、「これからの時代の“起業のカタチ”のひとつの在り方ではないか」と山形さんは言う。