2022
03.25
Vol.70 ⑥ Malt Angler Fishing Diary Vol.2
「同じ水、同じ流れの中で」番外編

宮崎県・尾鈴山蒸留所と山麓奥深くでのエノハ(ヤマメ)釣り

取材・文◎『Fishing Café』編集部
語り◎土屋 守 長友智紀
写真◎知来 要

 今回、ウイスキー評論家の土屋守さんが訪れた宮崎県児湯(こゆ)郡木城(きじょう)町にある尾鈴山(おすずやま)蒸留所は、芋焼酎では「㐂六(きろく)」、麦焼酎では「百年の孤独」などで有名な、九州の老舗蔵元のひとつ『黒木本店』が造った蒸留所だ。明治18(1885)年創業の『黒木本店」は、2019年からこの蒸留所でウイスキーも造っている。

二つとも焼酎「尾鈴山 山ねこ」だが、写真左は麹米の山田錦、甘藷(芋)にジョイホワイトを使った商品。写真右はうるち米のヒノヒカリとジョイホワイトを使い銅釜で蒸留した商品。

「『黒木本店』は創業時からの焼酎蔵と尾鈴山のウイスキー蒸留所のほかに、農業生産法人『甦る大地の会』として約40haの土地を所有し、焼酎の原料となる芋、麦、米を自社の田んぼと畑で作っています。土地を耕し、種を蒔き、栽培から収穫まで自分たちの手で行うだけでなく、製造過程で生じる廃棄物は有機肥料として有効活用するなど『自然循環農法』を採用しています。ここが『黒木本店』のすごいところです。

江戸時代から船材として使われるほど耐久性が高く、曲げやすいという特性を持つ宮崎県原産の飫肥杉(おびすぎ)。この飫肥杉を用いて組んだ発酵槽は、焼酎との兼用。かさの深い桶をつくることで、微生物が活発に活動できる環境を整えることができるという。

 ウイスキーの原料は大麦なので、40haの土地のうち約18haで二条大麦の栽培もしています。収穫した二条大麦を、麦芽に加工するわけです。日本の蒸留所で原料から自前で作り始めたのは、尾鈴山蒸留所が初めてでした」と土屋さんは言う。
 ほかに尾鈴山蒸留所は、ウイスキー造りのノウハウを完璧に理解したうえで、伝統の焼酎作りの技術を融合させている点が素晴らしい。また、初めて口に含んだときの印象は「どうしてこんなにふくよかな吟醸香がするのだろう?」というものだったという。
「焼酎造りで使っている米麹の香りが、良いエッセンスとなっているのかもしれません。まだ製造して18カ月ですが、あと1年半もすれば正真正銘のジャパニーズ・ウイスキーと呼ぶことができます。『シングルモルト・ジャパニーズ・ウイスキー・オスズヤマ』です。海外からの評価は相当高くなるでしょうし、かなり評判になると思います」と土屋さん太鼓判を押す。

美郷町は雲海スポットとしても有名。少し早起きして高台に上れば、小丸川下流から町を覆うように雲海が侵入してくる様子を見ることができる。

 尾鈴山蒸留所を訪ねた後、蒸留所の支流と同じ流域で渓流釣りを楽しむため、脇の小川が流れ込む、小丸川(おまるうがわ)上流の美郷(みさと)町南郷(なんごう)を目指した。
 土屋さんはイギリスでフライフィッシングを始めたが、ほとんどが止水域やチョークストリームでの釣りだったため、天使の庭のような小渓流で行う日本の源流域の釣りは、ほとんど経験がないという。しかし今回、上小丸川漁協の最年少理事の長友智紀さんとそのお仲間に案内いただいた小丸川の支流は、「イギリスの感覚で言うと滝のような急流といえるが、その美しさには目を見張った」そうだ。

小丸川源流で生息するエノハ(ヤマメ)はパーマークが丸く全体に筋肉質な印象がある。

 とっておきのとびきり美しいポイントに案内してくれた長友さんは1995年に美郷町で生まれ、本業は実家の養鶏場経営で8万羽ほど鶏を飼っているという。子どもの頃から小丸川で釣りや魚突き、ウナギ獲りなどをして遊んでいたが、中学生のときに『守る・増やす渓流魚―イワナとヤマメの保全・増殖・釣り場作り』 (水産総合研究センター叢書、著:中村智幸、 飯田遙)を読んで、漁協の仕事に興味を持つようになったという。さらに雑誌『トラウティスト』(廣済堂)で、北里大学の朝日田卓教授の水圏生態学に興味を持ち、北里大学海洋生命科学部に進学する。
「北里大学に進んだことで、自然保護活動に関しても広い視野を持てるようになりました。人間が生活していく以上、ダムはどうしても必要なものです。漁協の理事としてダム関係者と交渉するときも主張を認め合い、『共生』という考え方を大事にしながら会議を行えるからです」と長友さんは話す。

写真右が上小丸川漁協の最年少理事を務める長友智紀さん。左が原種保存をテーマに活動する地元の釣りクラブ「米良鹿(めらじか)倶楽部」でウイスキーに詳しい村岡祐樹さん。素晴らしいい釣り人たちに出会えた。

 現在、上小丸川漁協は12~13人で運営され、長友さんは理事になって3年目を迎えるという。小丸川の最源流部から木城町の松尾ダムまでの流域を管理し、小丸川上流部30kmほどを管轄。流域面積は230㎢もあるという。2020年には長友さんの提案で、小丸川にキャッチ&リリース区域を設定した。もともと小丸川には16~17年前に一度、キャッチ&リリース区域が設定されたが、自然消滅していたという。そこで長友さんが調査し直すと、ヤマメの産卵とは関係ない場所だったため、再設定した区域は産卵に適しているところを選定した。また、在来種保護の観点から稚魚放流に関しては、細かい調査でのゾーニングを行っているという。

この透明度を見れば、小丸川源流の水質の良さがはっきりとわかる。

「僕が理想としているのは、『放流しなくても資源が維持・増加できる川』です。そして、川の生物が元気を取り戻すことと、観光業も含めて地域活性化がリンクすることが目標です。地元のスーパーで売られている魚の一部だけでも、川魚にしたいですね。小丸川は環境省が毎年発表している『水質が最も良好な河川』に選ばれている川なのに、売られているのはすべて海の魚です。川魚が流通するようになれば、地元の環境に関心が高まるし、漁協の資金にもなります」と長友さん。

北の深山幽谷とは異なり、おとぎの国のような南九州の渓相。落葉樹の少ない照葉樹林帯では、渓流が樹木や地衣類に守られている印象だ。

 今回、長友さんに案内いただいた小丸川支流は、深い淵の溜まりを除けば、微量な鉱物を含んだ「ミネラルアクアブール」ともいうべき美しい色を放つ清流だった。
「遠くからそっと淵を見ると、数えられるだけで大小20尾ほどの在来種のヤマメが餌の流下を待っていました。現地では『エノハ』と呼ばれるヤマメが、1万年、2万年と命をつないできたことがすごいですね。カシやシイなどの高木の照葉樹に覆われ、砂地には鹿の踏み跡しかなく、釣り人が足を踏み入れた形跡はほとんどありません。そうした神秘的な渓流で釣りができました。背の高い私は小渓流では不利でしたが、伏せるようにポイントに近づき、なんとか真ん丸なパーマークの1尾を手にしました。放流魚ではないネイティブなエノハです。そうした貴重な自然河川を守り、案内してくださった長友さんたちに、ほんとうに感謝します」
 美しい流れに目を細めながら土屋さんはそう語った。

土屋 守(つちや まもる)
ウイスキー評論家、ジャーナリスト
1954年新潟県佐渡市生まれ。
学習院大学文学部国文学科卒業。1998年ハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」の一人に選ばれ、現在、ウイスキー専門誌『Whisky Galore』の編集長を務める。NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』ではウイスキー考証として監修を務めた。『スコッチ・モルト・ウィスキー』(新潮社とんぼの本・共著)出版後、著書に『シングルモルトウイスキー大全』(小学館)、『ビジネスに効く教養としてのジャパニーズ・ウイスキー』(祥伝社)他、多数執筆。

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