2019
03.15
Vol.61 ④ 北前船ゆかりの宿に泊まり、玄達瀬の釣りに興じる
特集・釣りと宿を廻る5つの物語
「釣り宿・其ノ3 福井県三国温泉『望洋摟』」より

三国温泉のいで湯と日本海随一の天然漁礁“玄達瀬”

取材・文◎フィッシングカフェ編集部 写真◎能丸健太郎

玄達瀬の浅瀬にアンカリングし、根魚を狙う人地元漁師。ヒラマサなど青物はあまり獲らず、市場価値のある根魚系を狙うという。

 日本海の洋上に広がる天然の漁礁“玄達瀬”から陸地を眺めると、白山連峰の偉容がはっきりと見える。白山連峰は、岐阜県と富山県、石川県、福井県にまたがる広大な山域だ。その峰から流れ出る九頭竜川はサクラマスの遡上が有名で、春先には多くのルアーアングラーが訪れ、梅雨期を過ぎればアユ釣り師でにぎわう、日本海に流れ込む有数の河川だ。この九頭竜川は、白山連峰に積もった膨大な雪解け水を日本海に運び、冷たい真水は海底を流れ湧昇流となる。
 玄達瀬は、九頭竜川の流れ込みの延長線上の沖合約30㎞先に広がり、水深が300mから最浅部では十数メートルに達する急崖となっている天然の漁礁だ。この海底形状から湧昇流が発生し、生物相が豊かであることから日本海有数の好漁場として知られている。

10kg弱のヒラマサと巨大なヒラメ。玄達瀬が禁漁の場合でも、鷹巣沖では1m近いヒラメも釣れる。

「玄達瀬の釣りは、かなり古くから行われていました。名称の由来は諸説あるようですが、昔“玄達爺さん”という人が発見したことから命名されたようです」と、福井県三国港で遊漁船を営む「海運丸」の船長、常広正範さんは言う。
 玄達瀬は原則として、漁業者専用の釣り場として保護されている。遊漁船やプレジャーボートは許可制となり、福井県の福井海区漁業調整委員会により、6月16日から8月15日の限られた期間だけ特別に釣りが許可される。
「長さおよそ20㎞、幅5㎞の非常に広大な瀬でベイトフィッシュも多く、マグロやブリ、ヒラマサなどの大型青物が回遊のたびに立ち寄る場所なんです。でも、よくこんな遠くまで玄達爺さんは櫓漕ぎで釣りに来たと思います」と、洋上に浮かぶ白山連峰を見つめ常広さんはつぶやく。

トップウォーターでヒラマサを狙う三国港のルアー船。水深の浅い瀬ではあちこちにベイトの群れが水面で群れを成す。そうなると、まさに“なぶらが打ち”の釣りとなる。

 常広さんはかつて、玄達瀬の名の由来を調べようと福井県各地の漁協や役所、図書館などに通ったが、どこを調べても確かなものはなかったそうだ。しかし、海上保安庁の気象に詳しい方から、「福井県の海は、ときに白山連峰から突発的な強風が下りることがあり、その強風にあおられて玄達爺さんは、沿岸から沖に流されたのではないか」と聞いたという。そこで、たまたま風がやんだ場所が広大な瀬で、仕掛けを下ろしてみると驚くほどの釣果があった。やがて玄達爺さんは、海の状態がいいときにはこの瀬で大釣りをするようになり、その話が広まって玄達瀬と呼ばれるようになったのではないかと推測する。
「ここは、ヒラマサの釣れる量やサイズが半端じゃないのです。普通に20㎏オーバーが釣れてしまう場所です。その理由は、漁師さんたちが市場の需要としてヒラマサや青物をあまり獲らないからだと思います。半月前、水深15~20mのトップウォーターでヒラマサを狙っていたのですが、30~40㎏のクロマグロがバンバン跳ねていました。それを釣りたいのですが、その水深だと掛けても取れないんです」と、常広さんは悔しそうに言う。

ジギングで釣ったマダイ。巨大ヒラマサやブリ、ワラサも楽しいが、ベイトが多い場所で落とし込み釣りで狙うヒラメや尺アジ、サクラダイ、チダイ、アマダイ、メバル、巨大カワハギなども楽しいという。
「海運丸」
http://www.kaiunmaru.com/

 この日、玄達瀬には多くのフカセ釣り船やルアー船が訪れていた。しかし、たくさんの瀬があるため1カ所に集中することはない。それぞれの遊漁船が、大海でのびのびと釣りに興じていた。海運丸の釣果は「今日の喰いは、いまひとつでしたね」との常広さんの言葉に反して、大ダイや10㎏前後のヒラマサ、ワラサクラスのブリなど、釣り人それぞれが十分な釣果を得ていた。
「玄達瀬は遊漁の憧れ、聖地みたいなところがあります。お客さんから『1本釣るのが夢なんだよね』と言われれば、私たちも全力でその夢を叶えようと努力します。その努力が報われるのも玄達瀬の底力です」と常広さんは言う。

 この日の宿、三国温泉の老舗料理旅館『望洋摟』に着いたのは、空が茜色に染まった頃だった。和風モダンのロビーに入ると、国指定の名勝地である「東尋坊」から沿岸伝いの浅瀬に波打つ“日本海の海原”が、巨大な庭のように目の前に広がっていた。そして、「玄達瀬の釣りはどうでしたか? お疲れでしょうから、まずお風呂で汗をお流しになってください」と、女将の刀根理恵さんの優しい言葉に迎えられた。

年代は定かではないが、料理屋として営んでいたときの『望洋摟』。遠く背後に北前船が写っている。建物は建て替えられているが、現在も同じ場所に和風然としてたたずむ。

『望洋摟』は、江戸時代前期に創業した北前船の廻船問屋が前身だ。明治期に入り、鉄道やその他の交通機関が発達したことで北前船が衰えると、建物はそのままに料理屋に転向した。女将の刀根理恵さんは料理屋になって以降、4代目の女将になる。明治の料理屋時代には、越前福井藩の最後の藩主となった松平春嶽(まつだいら しゅんがく)公など、多くの地元名士たちにも愛され、戦前の昭和初期に料理だけでなく、宿泊もできる料理旅館になった。
 昔ながらの立地と建物を活かし、部屋の数は、旅館開業当初と変わらず9部屋。そして、どの部屋からも刻々と変化する海の表情が目に入り、遥か水平線の先にある玄達瀬の方向を眺めながら風呂に入ることができる素晴らしい宿だ。

風呂桶の収め方ひとつにも趣を感じる。また部屋からは、断崖に日本海の荒波が打ち寄せる景色で知られる名勝地「東尋坊」のある半島が見え、直線距離で2㎞ほど。

「日中、磯や船釣りを楽しまれたお客様が訪れ、夕食までの時間、お風呂に入ってからビールなどを飲んで、ゆっくりされるにはちょうどいいと思います」と女将の刀根さん。
 その夕食だが、望洋摟では料理長という立場の人は置かず、数年前から「料理研究部」を作ったという。望洋摟と姉妹レストランの『越前蟹の坊』、東京青山の『ふくい 望洋楼』の調理スタッフが何人か集まり、地元の農家、漁業市場関係者の方の協力を仰ぎ、産地ならではの食材を使って、新しい料理の可能性を探っているという。

カボスの器の中に入れたトマトの塩煮、カボチャとエビのグラタン、タコの梅肉ソース、マダイのマッシュルーム和え、天然鰻のゴボウ巻きなど、海の幸、山の幸をふんだんに使った贅沢な八寸。

桃の器にアワビ、トリュフ、エビを使い、マスカルポーネチーズをブイヨンで伸ばした先付。

 釣り人は本物の味を知っている人が多い。そうした方にも納得してもらえる料理を出し、釣りで疲れた体を、海を見ながら癒していただければと、女将の刀根さんは言う。

望洋摟(ぼうようろう)

住所:福井県坂井市三国町米ヶ脇4-3-38
TEL:0776-82-0067
http://www.bouyourou.co.jp/

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