2019
11.08
Vol.63 ④ 未知との邂逅 by 高橋幸宏
『兵庫県淡路島・沼島編』より

「国産み神話“オノコロ島”の磯のモンスターに乾杯!」

取材・文◎編集部 写真◎狩野イサム

 コブダイが顔に似合わず、ひどく神経質になっていた。足元にオキアミと配合餌を混ぜ、パラパラとまくと、まず小イワシが集まり、ボラの群れが岩の間から湧いてくる。そして、小イワシとボラがどこかへ消えた瞬間、巨大な二つの白い影が磯の王者さながらの体で潮下から浮かび上がり、こちらを一瞥すると潮上の方へ去って行く……。その連続だった。
「見えるのに釣れない」ことは多々あるが、巨魚が目の前を横切るさまを、指をくわえて見つめるときほど悔しいことはない。

高橋幸宏さんもコブダイを掛けるが捕れない。そして、コマセを打てば打つほど、巨大なボラが集まってくる。幸宏さんはその状態を見て「潮が違う。これではだめ」と一言。

 高橋幸宏さんの連載の取材で、兵庫県・淡路島の隣にある沼島(ぬしま)という離島に来ていた。沼島は諸説あるなかで、日本の国産み神話に登場する島だ。
『古事記』と『日本書紀』によるとこの沼島は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の二神が産んだものとされている。
 伊弉諾尊・伊弉冉尊の二神が天上の神の命により、“天の浮橋(あまのうきはし)”に立ち、天沼矛(あまのぬぼこ)という、槍や薙刀(なぎなた)の前身となった長い柄の武器を二人で手にして、仲良く青海原をかきまわし、その矛を引き上げたところ、矛の先からポタッと滴り落ちた潮が固まり、ひとつの島となった。それがオノコロ島であり、沼島といわれているのだ。

神話の中の風景のような、見事な朝日。この日の天気は無風快晴。幸先は良かったのだが……。

 二人はその島に降り立ち夫婦の契りを結び、初めに産み造られたのが淡路島で、その後次々に島を産み、日本国を造られたとされている。ただ、このオノコロ島の所在地については諸説あり、そもそも架空の島であるという説や淡路島北端の淡路市にある絵島、南あわじ市榎列(えなみ)の二人の神を祭る自凝島神社(おのころじまじんじゃ)のある丘だとか、あるいは淡路島全体であるという説もある。しかし、沼島のある南あわじ市には、古くからオノコロの地名があり、「おのころ神社」が存在するため、沼島をオノコロ島とする説が有力なのだという。

夜明けの淡路島・土生港。ここから淡路島南部を中心に渡船業を営む『川口渡船』で沼島の地磯へ渡してもらった。

 この日、沼島へは南あわじ市の土生(はぶ)港まで渡船に迎えに来てもらい渡ったが、通常は土生港から沼島汽船でわずか20分の距離だ。しかし地元の釣り人いわく、「この島は淡路島のなかでも秘境中の秘境の釣り場」なのだそうだ。その理由は、日本最大級の断層である中央構造線の南側に位置し、淡路島本島とは異なる地質であるため、特に今回渡礁した太平洋に面する南岸の海食崖は、見た目にも奇異な印象を受けるからだという。

トビが虎視眈々と釣り上げた外道の魚を狙う。どこにでもいるトビだが、沼島で見ると野性味が違うように感じる。

 そうした沼島周囲の沿岸は、潮通しの良い磯場が発達している。特に釣り師の間では、昔からチヌ(クロダイ)の宝庫として知られ、日本全国のクロダイ師が集う一級のポイントも多い。また、アジやイワシなど大型魚のベイトとなる魚も豊富で、磯からブリ系の回遊魚を狙って泳がせ釣りをする人も多い。さらに春先から梅雨期には、引きが強くユニークな顔つきで、“磯のモンスター”として知られる大型のコブダイも狙える格好のポイントが点在し、人気上昇中だ。
 今回、沼島での狙いもこのコブダイだった。ガイドをお願いした大橋塁(おおはしつもる)さんに話を聞くと、磯の大物といえば、コブダイとスズキ。コブダイは、県外から専門に狙って遠征してくる人も増えており、食味に人気がないことでリリースする人が多く、数も増えているという。
 釣り方は、ウキを付けたフカセ釣りが一般的。ロッドは4~5号の磯竿に5000番程度のスピニングリールを使い、付けエサはエビ。オキアミと配合餌のコマセをパラパラとまき、浮かせて釣るスタイルだ。

ガイドの大橋さんが後日釣った82㎝のコブダイの写真。

 コブダイは、スズキ目ベラ科コブダイ属に分類され、オスの体長は約80㎝だが、なかには1mを超え、体重は15㎏以上になる個体もいる。幼魚期はすべてがメスだが、大きくなる個体がオスになる。通常、一匹のオスと数匹のメスの群れで生活し、オスがいなくなると、体長50㎝以上に成長した群れで一番大きなメスの目の上部にコブができ、オスへと性転換する。最大の特徴であるこのコブは、ライオンのたてがみと同じで、オスの象徴だ。
 昼に餌を捕る昼行性で、夜は岩陰やテトラの陰でじっとして動かかない。サザエやカキ、カニやウニなどを丸ごとアゴと硬い歯で殻を砕き、口の奥にある咽頭歯でさらに細かく砕くことができる。そうした強い身体特性のためか、寿命は長く約20年といわれている。

不調が続き「ボラでもいいから魚の姿が見たい」と大橋さんに頼むと、見事に釣りあげてきた。それにしても大きいボラだ。

 この日、指をくわえる我々の目の前を通り過ぎた7、8匹のコブダイは、かなり立派なサイズだった。ところが冒頭で記したように、その大魚が「見えるが食わない」状態が続き、さすがの大橋さんも大苦戦していた。
 ウキフカセのタックルからシーバス用のライトなロッドとリールに替え、コブダイの警戒心を解くように2~3g程度のジグヘッドに針を包むようにエビを付け、海底のフラットな岩礁の上に落とし、手持ちロッドでじっとアタリを待っている。しかし、何とかコブダイを掛けるのだが、コブダイの強烈なファーストアタックを止められず、少ないチャンスをものにできない。

コブダイに打ちのめされた翌日、沼島の港でワンチャンスをものにした幸宏さんが釣ったスズキ。計測すると90㎝の見事な大物だった。

「いつもなら躊躇なく食ってくるのですが、今日は神経質で、しかも大きいコブダイばかり針掛かりするので、ライトタックルだと太刀打ちできません。かといって大物用タックルですと見向きもしないし……」と、攻略の糸口が見つからない。
 高橋幸宏さんも含め、磯に上がった全員がコブダイに翻弄される日となった。しかし見ているほうは、釣り人と巨魚のスリリングなやりとりを目にするだけで、どちらにも拍手送りたい心境になる。そして、重量級のトルクを伴ったスピード感と予想できない狡猾さに、近年コブダイ釣りに人気が集まる理由がよく理解できるのだ。

釣り座の「みどりの鼻」の前に、人差し指の先のように立ち上がる奇岩「上立神岩」は、伊弉諾尊・伊弉冉尊の二神がその周囲をまわり、夫婦の契りを結んだ天の御柱だといわれている。

 今回我々が渡礁した場所は、沼島南西の「みどりの鼻」と呼ばれるポイントだった。目の前には、伊弉諾尊と伊弉冉尊が建てた殿舎、八尋殿(やひろどの)の地といわれる「平ばえ」という平坦な離れ岩礁があり、その先には国産み神話にある“天の沼矛”や“天の御柱”のモデルともいわれている高さ30mの巨岩、「上立神岩」が立ち上がる。
 その神々しい風景を見ていると、コブダイの力強さは、神聖な場所の周囲を守るためにもあるようにさえ思えてくる。

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