2016
11.18
Vol.54 前篇 Artificial Baits of The Sea
特集『海・技・疑似餌』「洋の“美”と和の“微”が融合した海毛鉤図譜」より

東京湾、三浦半島を舞台に活躍するソルトフライフィッシャー

文◎本誌編集部 画◎藤岡美和 写真◎三浦恵一、狩野イサム

「普通、フライフィッシングは渓流でデビューしてヤマメやイワナを釣って、本流へ行く人は本流へ、湖を目指す人は湖へ向かいます。たまにボートシーバスに向かう人もいますが、あまり淡水域から出る人は多くはないと思います。僕のように、海のフライしかやらない人は、かなり少ないと思います」と語るのは、本誌54号の特集でユニークなソルト用のフライを製作していただいた、三浦恵一さんだ。

『Spoon fry』(スプーン・フライ)
堤防や小磯などで、中層から表層に定位・回遊しているメバル、アジ、サバなどの魚を狙うフライ。頭部直後に体高が最大となるトウゴロウイワシの仲間、ナミノハナなどの小魚がベイトとなる場合に効力を発揮する。(作・三浦恵一)

 三浦さんがフライフィッシングを始めたのは、今から24、25年前、ブラックバス釣りからだったという。当初はルアーを使って釣っていたのだが、なかなか釣れず、やっと釣れた20センチほどの小さなバスのストマックを調べると、カメムシを食べていた。そこで「これならフライを使ったほうが、釣れるのではないか?」と考え、バスフィッシングにフライを取り入れたのだという。
「勤めていた会社が東京都港区の麻布十番にあって湾岸が近かったため、会社帰りにルアーでシーバスを釣っていたのですが、バチ抜けの時期はルアーよりフライの方が間違いなく釣れました。それでフライロッドを購入して会社に置き竿し、潮周りを見て良い日があったら会社帰りに釣る、という感じでした。そうしているうちにソルトフライの世界に、どんどんはまってしまったのです」
 その後、三浦さんは小金井から横浜へと住居を移すが、フライ熱は冷めるどころかますますエスカレートし、さまざまなフライを巻くようになったという。なかでも、バスのポッピングから発展したトップウォーターのアトラクターフライの代表である“ガーグラー”は凝りに凝ったという。

釣った魚は食べることが多く、たまに釣れ過ぎると食べないものはリリース。その場合、水から上げずに針だけを外し、魚の体にはいっさい触れずにリリースするという。

 ガーグラーは、主にシーバスが捕食する“バチ抜け”用のフライだ。バチ抜けとは、海底の砂の中に生息しているアオイソメやイソメ、ゴカイ類などが産卵のために砂の中から這い出て水面を浮遊し流れることをいう。
「バックテールを付けてフォーム材を使い、浮くように作っていました。毛鉤を巻くというより、自作ルアーに近い世界です。バチ抜け用のフライは、ほとんど工作の延長ですね。
 当時、バチフライは、ほとんどの皆さんがマラブーを使っていたのですが、マラブーは柔らかすぎます。そこで僕はバチ抜けの力強いウネウネ感を出すために、ラビットスリップを逆さに付けて、ギリギリ浮くか浮かないかというのを作っていました。シーバスにそれを使うようになってからは、かなり釣れるようになりました」
 そうした試行錯誤のうちにシーバスを狙うポイントは、湾岸の岸壁から磯へと舞台を移し、対象魚もシーバスだけでなく、メバルなども狙うようになったという。磯にはさまざまな魚がおり、シーバスを狙っていて違う魚が釣れてしまう。そこで、なぜ別の魚が釣れたのかを考えるなかで、魚種やフライのバリエーションも増えていったという。
「僕が磯に通うようになったころは、『磯でもルアーでシーバスが釣れる』ということがようやく釣り人の間でささやかれ始めたころでした。ルアーで釣れるならフライでも釣れるだろうと、三浦半島の荒崎海岸とか城ヶ島、観音崎あたりへ通うようになりました。
 時期的には、5月の後半から連休明けくらいにかけて、シーバスの産卵後の個体が入ってきます。ベイトは、トウゴロウイワシやカタクチイワシですね。三浦半島の先端あたりは向きにもよりますが、北東の風が吹くとベイトは岸に寄ってくるので狙い目ですね。北東の風に小魚が打ち寄せられる感じです。また、ベイトに付いている魚も一緒に入ってきます。それでフライの射程圏内に入ってくるわけです」

三浦さんのホームグラウンドは、神奈川県の三浦半島先端の荒崎海岸や城ヶ島、観音崎など。すべてショアからアプローチし、対象魚は、春はメバル、その後にバチ抜けのシーバス。真夏はカサゴ。秋口からサバが続き、11月にカマスといった具合だという。

 漁港周りのメバルを狙う場合は、潮や波の影響を受けないためマラブーでも問題ない。しかし、磯で釣れるメバルは大型が多く、尺メバルやビックメバルと呼ばれる目玉が大きなタイプのため、そうしたメバルを狙う場合は、ストリーマーが有効だと言う。ストリーマーは“サーフキャンディ”と呼ばれるシンセティック素材のウィングを、エポキシ系樹脂で固めたタイプだ。マラブーなど柔らかいマテリアルの場合、風があるとウエアやラインに絡むトラブルがあるが、サーフキャンディなら多少風が吹いてもトラブルが少ないからだと言う。
「秋口の10月、11月はカマスのシーズンです。ゾンカーを背負わせただけの単純なフライでも釣れますし、三浦半島でも三戸浜海岸では、カマスの群れに混じってサバが、カマスやサバを狙ってシーバスも入ってきます。そういうときのシーバスは、サイズも大きいですね。カマスを掛けて引き寄せている途中で、シーバスに襲われるのです。魚ごと持っていかれる感じです」
 そうした魚とのやり取り自体も楽しいが、釣るまでのプロセスを楽しみたいと三浦さんは言う。「どんなラインシステムを組むか、フライは何を使おうか?」という手探り感が楽しく、ソルトフライフィッシングの世界は不確定要素が多いため、魚と出会うまでの試行錯誤が長く、そのぶん楽しめる。
 また、フライは作れば釣れるというものではなく、それがしっかり沈んでくれるか、投げられるのかどうかとロッドのパワーも関係してくる。そういうところも面白いのだと言う。
「フライも何度も作り直して、今使っているカサゴ用のフライも、まだ完成形に至っていない気がします。もっと効率よく、バランスよく魚の口元に掛かるものがあるような気がするのです。それはラインシステムとか、他のさまざまな要素にも言えることです。
 ズドンと沈めなくても、フライ先行ならタイプくらいで大丈夫ではないか? とか、もう少しキャスティングフォームを重視して、フルラインのタイプくらいがよいのではないかなど、ラインも試行錯誤しています」


『Rubber voodoo』(ラバー・ブードゥー)
初夏から晩秋の東京湾、三浦半島の消波堤や沖堤でのカサゴ狙いのフライ。シンキングヘッドラインのタイプⅤで底まで沈め、フライに取り付けてあるダンベルアイで底の状態をサーチしながらアタリを取る。ダンベルアイをイラストのような位置に取り付けたため、沈めて底の状態を把握することが可能になった。(作・三浦恵一)

 現在は、三浦半島や東京湾の沖堤防などがホームグラウンドだが、日本国内はソルトフライで楽しめる場所が多いので、今後は遠征も考えている。海外のターポンやボーンフィッシュ、セイルフィッシュにも興味があるが、それほど熱烈なものではなく、むしろ身の丈にあった日常的な釣りが好きだという。その理由は三浦さんの家族も含めて、ソルトウォーターフライフィッシングが、日常生活に取り込まれているからだという。
「家族と一緒に眠って起きて、食べて仕事をして、そして釣りをして⋯⋯」それ以上のなにも欲しいと思わないと語る三浦さんの笑顔には、ソルトフライフィッシングの楽しさのすべてが表れていた。

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