2020
12.11
獏釣伝 連載第5回
「晩秋の五目釣りで今年一年の釣りを締める」

毎年、原稿用紙を懐に釣り具を背負い、釣り旅を楽しんできた獏さんは、
「今年はコロナ禍で、満足に釣りに出掛けられなかったですね」と、この一年を振り返る。
そして今回、秋の回遊魚を狙い、自宅から車で1時間ほどの静岡県伊東市宇佐美港へ足を延ばし、初島沖で五目釣りを楽しんだ。

「よっしゃー!」と、船首に立つ夢枕獏さん(以下:獏さん)から威勢の良い声が上がった。見れば、獏さんが使う80号付加のマダイ竿が、上下に激しく揺れている。
 ロッドは魚の強烈な手応えに悲鳴を上げ、両手で支えるそのしぐさからも緊張が伝わってくる。獏さんは両足を踏ん張り、ロッドキーパーから慎重にロッドを外し、やや強引にシャクリ上げた。そして、竿先を戻しつつラインを巻き上げる。
 それでも魚の引きは強く、手ごわい。巻き上げを電動に切り替えても、ずるずるとドラグを滑らしながらラインが出ていく。そこで慎重にドラグを締めながら取り込んでみれば、良型のマルソウダガツオだった。

マルソウダガツオの強い引き。竿先が水中に没するような勢いだ。

「今年はコロナ禍で、満足な釣りができなかった」という獏さんが、自宅から車で1時間ほどの静岡県伊東市宇佐美港の遊漁船「直正丸」に乗船し、初島沖に着いたのは午前11時を過ぎていた。
 この日は午前5時半集合で出船予定だったが、前日から日本海側の大きな前線と太平洋側の小さな前線に挟まれる複雑な気圧配置となり、夜半から午前中は7~8mの風速になるとのことで、出船を遅らせたのだ。
 そして、船が向かった初島西側の水深80m付近のポイントで、獏さんの1尾目の釣果が、強烈な走りを見せてくれたマルソウダガツオだったわけだ。

小ぶりだがこのクラスのマルソウダガツオが、入れ食い状態のタイミングもあった。

「11月の晩秋にイナダやワラサに交じってマルソウダが釣れるのは、例年にないことだ」と船長の島田正則さんは言う。さらに水温が2℃近く高く、ワラサがやってきたのは例年より2週間以上遅かったそうだ。
 しかし、宇佐美港周辺の海域は、魚の生息に適した海底の起伏がたくさんあり、カワハギやマダイ、イサキ、メバルなどの根魚が生息しているほか、沖へ出ると初島を境に急激に水深が増す海底地形のため、ブリ系やカンパチなどの大型回遊魚、深場のオニカサゴやアラ、アマダイ、アカムツ、クロムツ、キンメなど、絶好の漁礁となっている。
 少々水温が高くとも、オキアミのコマセ仕掛けで五目釣りを行えば、根魚、青物どちらでも対応できると船長は言う。
 ハリスは4号、針はチヌ針の6~8号。80号のコマセカゴを底まで落とし、底から4mの所からコマセを振って、7mの位置にセットする。ハリスの長さは4mなので、付けエサが底から3~4mにあるというイメージだ。釣り方も仕掛けもイサキのコマセ釣りに近い。

基本は手持ち竿の獏さん。魚が掛ると手巻きで十分楽しんだ後、電動のレバーを起こす。

 獏さんは、久々のコマセ釣りで最初こそぎこちなさも見られたが、2度3度と仕掛けを投入すると、コマセカゴの振り方、テンポも軽やかになりアタリの回数も増え、船長の狙い通りイナダやハナダイなどが、手を休める暇なく釣れた。
 最初の仕掛けを落としてから1時間ほど経った頃だろうか、船長から「魚探の反応がすごいよ! 群れがコマセで止まったよ。どんどん釣って」と掛け声が上がる。

低気圧抜けが幸いし、青物をはじめハナダイやカサゴがポツポツと釣れ、楽しい五目釣りとなった。

 早速、獏さんが「はい、乗りました。ガンガン引いています!」と慣れた手つきでロッドキーパーから竿を外して軽くアワセを入れ、手巻きで利きアワセながらキーパーに竿を戻し、電動レバーを弱からず強からず調整しながら、引き上げにかかる。水深40m付近、そして15m付近でも魚が暴れたが、上げてみれば2㎏近いゴマサバだ。
「やや、これはいいですね。この時期のゴマサバは脂のノリも良くて、おいしいシメサバができるんですよ」とうれしそうに言う。

終盤は大ぶりのゴマサバが船中をにぎわし、獏さんもうれしそうだ。

 獏さんの家では、釣って持ち帰った魚の下処理は獏さんの仕事だという。日本各地で釣りをたしなみ、釣った魚は少しだけ持ち帰るが、釣り物のサバは何しろ鮮度が高く、家でも別格の扱いだという。
 獏さんは釣り上げたサバのエラに包丁を入れ、血抜きを行うとすかさず首を折って絞め、腹から包丁を入れて内臓を取り出し、海上に投棄した。海に落ちた内臓は、すぐに船の周りに集まっているカモメの餌となる。

獏さんが捨てるゴマサバの内臓を上空から虎視眈々(こしたんたん)と狙うカモメ。

「サバに寄生するアニサキスの幼虫は、魚介類の内臓に寄生し、その魚介類が死ぬと内臓から筋肉に移動します。そこで、僕の場合はサバが釣れたらまず血抜きを行い、絞めてすぐに内臓を取り出して身が痛まないように袋に入れ、クーラーボックスに保存します」と獏さん。
 この日、午後から風は1~1.5mほどに落ちつき、日中の最高気温は20℃近くまで上がり絶好の船釣り日和となった。しかも釣果もすごかった。短時間ながらワラサとイナダは獏さん含め、釣り師3名で合計29尾。さらにハナダイ、カサゴ、ソウダガツオに大サバと、大漁と言ってもよい数となった。

宇佐美港の南、伊東の港の向こう側にそびえる天城の山々。雲間から光が差し、神々しい風景だ。

「僕の今年の釣りは、2月の北海道の氷上で12㎝ほどのワカサギ釣りから始まり、その後コロナ禍で思うように楽しめなかったけど、師走を前に十分楽しめました。来年はコロナ禍が落ち着くことを願い、懐に原稿用紙を忍ばせ竿を杖に、隙あらば釣りの旅を心がけたいと思います」

夢枕 獏(ゆめまくら ばく)
作家

1951年神奈川県小田原市生まれ。1977年デビュー以来数々の作品を発表し、『陰陽師』(1988年第一作刊行・2001年映画化)をはじめ、数多くの人気シリーズを持つベストセラー作家。1989年「日本SF大賞」、1998年「柴田錬三郎賞」、「日本冒険小説協会大賞」、2011年「泉鏡花文学賞」、「舟橋聖一文学賞」、2012年「吉川栄治文学賞」、2016年「小学館児童出版文化賞」など受賞歴多数。

取材・文◎編集部 写真◎狩野イサム

連載企画