The Promised River
約束の川 Vol.31
文◎湯川 豊
鳥のいる水辺で
I met some birds at waterside
魚が釣れない日にかぎって、流れの周辺にたくさんの鳥が姿を現わす。いや、ホントはそうではなく、釣れないから目が流れから離れて、周囲の木立に向かうだけのこと。釣れない日、枝にとまったジョウビタキを指しながら、仲間とそんな話をしたことがあった。
しかし、もっとホントのことをいえば、釣れない日も釣れる日も、この羽をもつ生きものを目にするのは、灯がポッとそこにともるような慰めだった。
岩手県の名川の陰に隠れたようなその小渓にしばしば足を運んだのは、一人で遊ぶことが多かった一九八〇年代の後半ぐらいだった。
一人で遊ぶにはぴったりの、三キロぐらいつづく小さな流れであるのが気に入っていたが、くりかえし行って飽きなかったのは、鳥たちとの出会いが楽しかったからでもある。
後で考えてみると、初めて行ったときから、ほんとうに鳥が多かった。谷への野道に入ると、しばらくは両側に小さな田んぼがつづき、それが尽きると、もとは耕地だったにちがいない、草っ原に出る。草っ原のなかにポツンポツンと三メートルほどの木が立っていて、そのてっぺんに全身をさらしてウグイスが鳴きしきっていた。
ウグイスは声こそしょっちゅう耳にするけれど、姿を見ることはめったにない。しかも全身を無防備にさらしているのだから、僕はわが目を疑った。ウグイスはどこか別のところで鳴いていて、僕がいま目にしているのは別の鳥ではないか。半分は本気でそんなふうに思って、しばらく足をとめて、姿をさらしてはばからないウグイスを見つづけたのだった。
先に進んで、小さな流れに降りる。
両側はほぼ土の壁で、灌木と草でおおわれているが、右岸の少し上部に草の径(みち)が通っている。ただ流れのなかは適当な岩や礫が敷きつめられていたから、イワナ(のほうが多い)もヤマメもまずは落ち着いて生きのびていた。
そして、両岸の樹木の枝、ときには流れの上に差し出された枝に、さまざまな鳥が姿を見せた。とりわけうれしかったのは、オオルリがこのへんを棲みかにしているらしく、少し離れたところで鳴いていたのが、すぐ頭上の枝にまで移ってきて、あのみごとなルリ色をきらめかせたことだ。
ここで初めて見た鳥は、キレンジャク、センダイムシクイ。この二つは写真に撮って(ボケていたが)、あとで図鑑で調べた。
困ったのは、キャスティングの最中に、キセキレイにまとわりつかれたことである。五メートルほどラインを飛ばすと、リーダーの先端についたペールイブニング・ダンなどをキセキレイが追うそぶりをした。
よく、こんな「らしくない」フライを追うねえ。そう呟いて、僕はさらに不様な、大きなカディスにフライを替えたりした。まさか、鳥が釣れることはなかったけれど。
その谷をあとにするのが夕暮れだったりすると、ホトトギスがキョッキョッキョッと鳴いて送ってくれた。釣りに充ち足りて帰途につく者にふさわしい、澄んだ声の挨拶だった。
***
山形は庄内地方のはずれにある川のほとり、バス停のある雑貨屋の前で、冷たい飲みものなど買ってうろうろしていた。八月の午後四時ぐらいだったろうか。雑貨屋のへんは二、三本の木に囲まれていて、ちょっと涼しい。
開けてある戸口を出たとき、異様なものを見た。大きな鳥――といってもハトより小さいぐらい――が、木の高みから飛び出してきて、道の反対側にある百日紅のなかに突っこんだ。
出てきた鳥は、両足でスズメをかかえ、一度地上に降り、両足でおさえたものをくちばしで叩くかして飛び立ち、視界から消えた。
バス停のボロボロの長椅子に大きな風呂敷包みを置き、その隣に腰かけていた老人が、「スズメタカだな」と、ちょっと興奮した声でいった。
僕はウワサに聞いているツミ(あるいはハイタカ)の姿を初めて見た。見たどころじゃない、人の前でスズメを狩る姿を目にしたのである。なんだかすごく意味のあるものを観察したような気になった。これでよし、きょうのイワナの不漁はあきらめて、早めに温泉宿に帰ることに決めた。
後で図鑑等で調べてみると、俗にスズメタカと呼ばれるのはハイタカ、とある。僕の見たのは白い眉斑がなかったから、ツミだったと思う。ツミだってスズメを獲るんだから、スズメタカと呼ばれていいんじゃないか。いまでも勝手にそう思っている。
***
夏の渓流釣りの終わりに見る鳥として、いちばんふさわしいのは何か。僕はなにがなんでもヨタカ、と決めている。
秋田の檜木内川(ひのきないがわ)水系の奥の奥まで入った日があった。日並がよかったのだろう、まずはいい釣りができた。イワナは尺モノが三匹あがったし、初心者の友人と僕で、幅広のいいヤマメを一匹ずつかけた。
しかし、釣れたのをいいことに、深追いしすぎたのである。友人のKさんが車で迎えに来てくれる場所まで、林道が遠かった。
薄い闇が林道に下りてくる頃、道端の小さな空地に、鳥が羽搏いた。
ヨタカだった。ヨタカが、羽の白い内側を見せて、ゆっくりと舞っている。擬傷の舞だ。前にも見たことがあるので、すぐわかった。近くに幼鳥がいるのか。自分が傷ついているふりをして、注意を一身に集め、子供の危険を避ける。それが有効かどうかわからない。しかし、ヨタカのこの不器用な動きは、夏の釣りのエンディングとして悪くないな、と思った。