僕が組んでいたダンスチーム「仇桜」は、だんだん東京のダンスクラブシーンで知られるようになっていたのですが、唯一無二の相棒が大学を卒業したら「教員になるのが夢だったから、教員試験をもちろん受けるんだ」とか、他の人たちも「農家を継ぐか」とか、将来の夢がちゃんとありました。
でも自分は、夢を用意し忘れました。
みんなと同じように就職活動なんかもしてみる。
自分の夢はなんだろう、何に夢中になってきたのだろうかと考えたら、ダンスに夢中になってきたんだなと。
当時はダンスで生計を立てるという、そもそもの選択肢が頭になかった。
だけれども1回だけ、自分が初めて「これだ!」と思ったものに向かい合いきる必要があると思った。
大学4年間ダンスに全力をかけたけれど、物語の始まりと物語の中の熱いシーンはあるけれど物語の最後がない。
最後は挑戦しようと。
どうせ挑戦して次がないのなら、大きいものに挑戦して終わろうと。
世界一大きいコンテストを受けようと、ニューヨークのアポロシアターにあるコンテストが世界一だと。
これを最後やって、おもいきり自分がやってきたものをここで披露して、ペチャン! と潰されても、面白い話にはなるぞと。
2004年の12月6日あたりにニューヨークに行って、2005年3月あたりにコンテストに出ました。
はじめは、みんな黒人の人ばかりで「なんで君が来てるの」と笑われましたが、不思議なことにその大会で優勝しまして、優勝したら次のトーナメント第2戦がある。
その大会も優勝して、年間の1000組くらいの中のトップの最終決戦まで残って、ダンス部門でトップになって、するとNBC放送で毎週流れているテレビ版のコンテストがあって、テレビ版のコンテストでいっぱい勝ちまして、9回勝ちまして、そのまま横綱(グランドチャンピオン)でいいよということに。

釣りはすごく役に立っています。
待つことの喜びとか味わいが、釣りはものすごく多かったと思います。
だいたいのことは、時間かけても結果が出なかったら「もうダメでいいや」となるけれど、釣りは時間かけて結果が出なくても、本当にどこかで結果が出るかもしれない。
それを感覚的に思うから、今どうじゃなくて最後にできたら「できた」なんだと。
あと、はやりのことでなくて、自分が狙いたい技を狙うというか、隣の人がタチウオを釣っていようが「僕はベラが釣ってみたいんだ」みたいな。
ダンスの世界ははやりの世界なので、隣ではやっているものがあると、みんなそれをやっていくのですが、自分はちょっとそれとは違って、僕の狙いの種目はこれなんだと。
ずれた道をいっていたのがよかったのかな。
だから釣りは本当に役に立っていて、人生を助けてくれたと思います。

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