古の釣り本を眺めて気づくのは、その多くが釣りの指南書であることです。
1653年に発刊され、“幻の釣りの指南書”、あるいは“釣り人の聖書”と謳われたアイザック・ウォルトンの『釣魚大全』は、ピューリタン革命によって英国の人々の心が荒廃した最中に生まれました。
また、その70年後の1700年~1723年に陸奥国黒石藩三代藩主・津軽(つがる)采女(うぬめ)によって編纂された日本最古といわれる魚釣(うおつ)り秘伝書『何羨録(かせんろく)』も、徳川綱吉による「生類憐みの令」の発布により、のんびりと釣り糸を垂れることがご法度となった時代に生まれています。
アイザック・ウォルトンの『釣魚大全』、そして津軽采女の『何羨録』――。
そのどちらも釣り好きにとって“羨ましくない”時代に発表され、偶然にも、窮屈な時代を乗り越えるための指南書でもあったのではないでしょうか?
『Fishing Cafe』55号では、多くの釣り人から称賛される古今東西の「名・釣り指南書」を、新たな視点で深く解析しています。
その中から特にアイザック・ウォルトンの『釣魚大全』をウォルトン研究の第一人者である法政大学・曽村充利教授のインタビューと『釣魚大全』の原書である『THE COMPLEAT ANGLER』の初版本以降に掲載されている、ヘンリー・ローズ (Henry Lawes, 1596-1662) 作曲の『アングラーズソング』のピアノ伴奏をバックに、前後編の2回に分けてスライドショーを公開します。
1653年に発刊されたアイザック・ウォルトンの『釣魚大全』は、美しく牧歌的な歌や詩、釣りや自然を通した人の生き方を語っています。
しかし、そうして叙事詩のようなメッセージの中には、ピューリタン革命内乱時の切迫した政治と思想の多くの問題が重層的に潜んでいると、アイザック・ウォルトンの研究者として第一人者の法政大学・曽村充利教授は語ります。
英国人の保守主義者であるアイザック・ウォルトンは、混迷を深める政治や思想の中でこの書物を通して、仲間たちへ数々の暗号を発信していたといわれており、これまでに多くの日本人が『釣魚大全』の翻訳を手掛けましたが、本質的な理解が深まらずにきた要因はそこにあるのではないでしょうか。
そこで、曽村充利教授に“幻の釣り指南書”あるいは釣り人の聖書といれる『釣魚大全』とアイザック・ウォルトンについて、お話をうかがいました。
『釣魚大全』を理解するうえで大切な要素は、当時の英国の宗教改革のなかで、カトリックとプロテスタントのどちらの立場にも立てなかった人々を勇気づける書物であったことです。
牧歌的で美しい文学と実用性を一体化させた文章の中には、たくさんの暗号がメッセージとして内包しているわけです。
そうしたことを踏まえて、もう一度『釣魚大全』を読み返すと、この書物の奥深さや新たな発見があるのではないではないか?
と曽村充利教授は語ります。
法政大学グローバル教養学部教授
1952年東京生まれ。ケンブリッジ大学客員研究員。主に中世の思想や文学、イギリス・ルネッサンス文学研究でも第一人者。編著・共著書に『名誉革命とイギリス文学 新しい言説空間の誕生』(春風社)、『新自由主義は文学を変えたかサッチャー以後のイギリス』(法政大学出版局)、『十七世紀のイギリスの生活と文化』(金星堂)、『釣り師と文学 イギリス保守主義の源流 アイザック・ウォルトン研究』(聖公会出版)など。
語り◎ 曽村充利(法政大学教授)
聞き手◎ 『Fishing Cafe』編集部(遠藤 昇)
映像制作◎ 田畑貴章 Movie by Takaaki Tabata