今号では、その素石が足繁く通った福井県の九頭竜川の源流を訪ねたのだが、やはりと言うべきか、素石が書き残した風景はすでになく、巨大なダム湖が広がり、魚(び)籠(く)が膨れるほどの釣果も望むべくもない貧果を残し、その様相は大きく様変わりしていた。
しかし、魚の数は少ないのだが、ダム奥の源流付近は紛れもない野生圏が残っていた。
猿軍団は群れを成し、カモシカは幾度も道路を横切り、やっと白点の取れたウリボウ(イノシシの子)は足元を駆け抜け、親子キツネは草陰からじっとこちらの様子を探る。
納竿して車を走らせると、道路わきを真っ黒なツキノワグマが疾走していった。
そして、何を飲み込んだのか腹を膨らませたマムシは、まるで珍獣・ツチノコのように歩道で日光浴をしていたのだ。
川に魚が少ないのは限られた範囲に釣り人が多いためだが、工夫次第で魚は増えるだろう。
しかし、動物たちはそうはいかない。一度減った個体を増やすには、それ相応の覚悟と努力が必要だ。
ところがこの九頭竜川源流には、本州を代表する大型哺乳類が、素石が生きた時代のように元気に繁殖しているのだ。
取材を終え、感じたのは、山本素石が釣り歩き書き残した土地には、今もなおある種の魅力が残されていることだ。
作品を読み直し、素石の足跡をたどることで、新たな発見に出会えるかもしれない。