『幻談』など釣り分野でも多くの名作を残した幸田露伴。その露伴の関連本として小林勇よる『蝸牛庵訪問記』という作品がある。蝸牛庵とは、家を持たないカタツムリをイメージして命名した幸田露伴自身と、彼の住まいであり書斎のことをいう。
この本の著者、小林勇は、岩波茂雄の娘と結婚し、その後の岩波書店を背負った方だ。岩波新書シリーズを企画し、岩波映画製作所を開設。さらに岩波写真文庫も創刊した。今日の岩波書店の礎となる仕事をしたのは小林勇である。 しかし、小林勇の功績はそればかりではない。日本を代表する文人、知識人たちと徹底的に付き合い、彼らの持つ才能を守り高め、それぞれの生涯に強烈なエネルギーを注入した点こそ大きな功績だろう。幸田露伴も小林勇のそうした付き合いのなかで、お互いに大きな知力を得ていった間柄だ。
本書は、小林勇が蝸牛庵を訪ね、露伴の60歳から80歳までの貴重な出会いの日々を約20年間にわたって綴った、まさに日記である。あえて雑な文章に仕上げたことで、露伴らしさや隠れた一面が見え隠れしていて、なんとなくも読ませられてしまう。逆に露伴の素顔を知るための、ひとつのツールでもあると言えるだろう。
今回の取材の中で、露伴が住んだ蝸牛庵が保存されていると知り、愛知県犬山市の明治村を訪ねた。この蝸牛庵は東京都墨田区東向島にあった露伴の家が当時のまま移築されており、飾り棚には、文化勲章を授与された露伴の記念写真や子供たちと遊ぶ幸せなひとコマが飾られていた。また、当時、隅田川の東にあったこの家の周辺には、江戸時代から豪商の寮(別邸)や下屋敷が多く、この建物もその雰囲気を伝えている。しかも、町屋づくりとは異なり、まわりの広い庭に自由に広がった建物で、廊下を軸に玄関、和室、付書院のある座敷が配されている。
チャンスがあればぜひ釣りの合間に、この露伴の住んだ蝸牛庵を訪問してほしい。
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