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幻の魚・イトウを追って朱鞠内湖、道北の湿原の奥へ 文◎遠藤 昇
写真◎知来 要

85cmのイトウの雌。サケ科の中でも滑りのある体表は特別だ。
この釣行では大小合わせて都合3匹のイトウをキャッチ。ヒットフライは真っ黒なウッリーバッカー。
根掛かりを回避するため、ウエイトを上につけており、水中で針先が上を向くキールフック仕立て。


強大なイトウの姿が目に浮かび、ロッドを手元からしならせるそのトルクを夢見る。かつて北海道の各地に棲息した淡水魚最大の魚イトウは増殖傾向にあるとはいえ、未だ幻の魚に変わりはない。鍛え上げた釣技、そして体力、忍耐、知識。そのどれもが最高のパフォーマンスを発揮しても、この大魚はいとも簡単に釣り人の期待を裏切る。だからこそ、日本全国はもちろん世界各国からイトウの生息数の多い北海道の道北に集結する。

そこでまず、イトウが比較的増殖傾向にある朱鞠内(しゅまりない)湖を訪れたのだが、結果は惨敗。
その日の午後、友人でフライフィッシングの名ガイドである澤田耕治さんたちと合流し、道北の湿原河川へと向かった。

途中、ふとイトウの和名の語源のことが頭をよぎった。「なぜ“イトウ”はイトウと呼ばれるのだろか?」アイヌ語では全道的にチライ、一部ではオビラメと呼ばれ、学名は[フーコ・ペリー]。幕末に艦隊を率いて開国を迫った、米国海軍提督の名が付されている。ちなみにペリー提督は、この遠征でイトウを新種として世界に知らしめたほか、60種の魚類を入手し、『日本産魚類図説』を残した。

また、ネット辞典ウイキペディアを読むと、「イトウ=糸魚」説をあげ、産卵後は糸のようにやせ細るたからだとしているが、悠々たるイトウの姿を実際に見ると、納得がいかない。そこで、僕の説はこうだ。ペリー提督がイトウを手にした日本人に向かって「この魚はなんという名前だ?」と聞いたところ、通訳は手にした者の名前をペリーが尋ねた、と勘違いし「伊東です」と答えてしまったのではないだろうか。この仮説が事実であれば、なんとも楽しい隠れた逸話だろう。

余談はさておき、そんなことを考えている間に、湿原に流れ込む小河川に到着した。イトウ釣り原野行の続きだ。ボートに4日分の食料と水、そして大量のビール、キャンプ道具や釣具を積み込み、バスボートで1時間ほど川を下る。すると周囲は、広大な農場の風景から原始以来、人の手の加わっていない湿原の荒野へと変わる。河畔林もまばらになり、成長しきれていない倒木があちらこちらにある。この原野の気象条件の厳しさと同時に、まるでシベリアの入り口に立ったような感動を覚えた。

2日目の早朝、目の前に真っ赤な魚体が躍り出した。堂々と目の前に現れたその大魚は、その成長具合から見て、十分な餌を確保できるテリトリーを持っているに違いない。しかも、その存在感はやはり他の魚とは違う。まさに湿原の主だ。

そしてその直後だった。80センチを超えるイトウが澤田さんのアシスタントの田畑さんのフライに食いつく。あわてず丁寧にやり取りし、そっとランディングネットに取り込む仲間の後ろ姿は、充実感に満ちており、自分が釣ったわけではないが、肩の力がすっと抜ける不思議な感覚に包まれた。

そのやりとりを見て気づいたのは、イトウを釣るためには、システムもメソッドも完璧を目指し、その先にある自然の営みに同化する必要があるということだ。そしてこの釣りの最大の魅力は、イトウが棲息する人を寄せ付けない厳しい自然の中に踏み込むことにあるのではないだろうか。