静岡市街からクルマで約2時間、急峻な大日峠を越え、井川ダムからさらに大井川上流へと遡ると「田代」集落がある。背後に3000メートル級の南アルプスの峰々を望む、その集落では、夏祭りのひとつに『ヤマメ祭り』が行われる。山間部の生活を支えた焼き畑農業の五穀豊穣を祈るこの祭りを先頭に立って執り行うのは、田代諏訪大社宮司の瀧浪宏文さん(40歳)。その瀧浪さんにお話をお聞きした。
「『ヤマメ祭り』がいつから、どんなきっかけで始まったのかについては、神社にも公式の記録が残っていないので、はっきりとわかりません。ただ江戸時代後期に編纂された地誌『駿河記』には、諏訪神社神事として、普段は立入禁制の沢に入り魚を釣り、神にささげるという記述が残っています。ですから、少なくとも19世紀の初頭となります。また、『ヤマメ祭り』と言いますが、実際にこちらで釣れる魚はアマゴです」
祭りは代々地元の人だけで執り行ってきた。町内は4つの「組」に分かれていて、4年に一度まわってくる「当番組」がアマゴを釣り、神事をして下りてくる。しかも、昔から男性がすべてを執り行う慣わしだ。祭りの前日から山に入り、魚止めの滝まで1日かけて釣り上がり、その日は野営する。当日は山で神事を行ない、6時間かけて昼までに下り、谷で釣ってきた魚は社に持っていき調理する。収穫した粟を炊いて、塩漬けにした魚の腹に詰めて調理が完了する。見た目は寿司のようになり、神事の後に集落の各家庭に配られるという。
「神事のために魚を釣る谷は、地元の漁協ができる遥か前から、禁漁区に指定されていました。地元の人もそこに立ち入って魚を獲ることは許されない神聖な場所です。そこだけは人の手を加えず自然の姿をそのままで残しておこうという意識もあったのかもしれません。人が入らないことで、アマゴにとって絶好の産卵地となり、生態系が維持されてきたのだと思います」
この『ヤマメ祭り』は正確には、田代諏訪神社の例大祭の一環だが、直接的には土着のアマゴの種川として、集落の人々の「貴重なタンパク源である水産資源の魚を守る」という意義もある。また、当番制で行なうことで、集落の結束を高めることにもなる。山の奥に潜む目に見えない世界への畏怖の念など、たくさんの想いが古来より人々の祈りとなって、そういったものすべてが一緒になった祭りだ、と瀧浪さんは言う。
「私は宮司として、この伝統行事を伝承していく責任があります。その一方、人口が減ってきたため、祭りの担い手がいなくなりつつあるという現実もあります。これからは集落の人以外の力を借り、守り伝えて行くことも、一つの選択肢などではと考えています」