国鉄職員として働きながら、東北地方の渓流を舞台に繰りひろげられる、村田久さんのゆったりとした釣り紀行文。そこには、魚との出会い、釣り人を包み込む風景や旅人をやさしく迎え入れる人情が、まるで歌のように心に響く。
その村田久さんの創作の源に迫るため、インタビューを重ねるなかで感じたことは、点で旅をせず、常に線をもって釣りと旅を結んでいることだった。
「釣り場へは、今でも電車とバスを乗り継いで向かいます。車に乗れば楽なことはわかっているのですが、自宅と釣り場を直接つなぐ『点の釣り』になってしまうでしょう。公共の交通機関を使うと『線の釣り』になるのです」と、村田さんは言う。
車を降りてローカル線に乗ると、周囲の風景もよく見える。また、各駅停車の駅で降りて、現地の人と話をするだけで、車で通過するだけでは一生聞けないエピソードが聞ける。それは、空想で作れるものではないという。
村田さんに見せていただいた、たくさんの2万5千分の1の白地図には赤字がびっしりと書き込まれていた。それは、人や自然との出会いの記録やエピソードだ。
以前は、釣りの旅の途中で、見ず知らずの家の軒先で「こんちは」と声をかけると、住人が出てきて、お茶と漬物が出てきて話し相手になってくれる。最近は「こんにちは」と声をかけても誰も出てこない。これも時代の流れ心の垣根ができていると感じる。しかし、それでも軒先や売店で人に声をかけずにはいられないと、村田さんは言う。
人と人、人と自然、溪と魚、魚と人・・・・・・。村田さんが生み出す文書には、釣りと自分を媒介とする、心象や事象が綿密に編みこまれ、平面から立体の像を成し、読者に語りかけてくる。その大事な儀式が出会いの挨拶なのかもしれない。
「今準備しているのは、子供も大人も楽しめる家族向けの絵本です。資料を集めて、コンテを書き始めています。出版してもらえる目処は立っていませんが、孫に残せるものを何か書き残したいという気持ちだけで進めています。 いつか完成した絵本を孫と一緒に楽しみたい。それが私のささやかな夢です」と村田さんはいう。村田さんが納得する絵本、今から待ち遠しい・・・・・・。