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(本誌P.23〜24) |
文◎遠藤昇
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日本を代表する文学者、井伏鱒二。その鱒二が晩年まで投宿した宿が富士川の支流下部川畔に建つ、下部温泉・源泉館。富士山の北西に位置する身延山地の自然のなかで、鱒二はヤマメを追い、温泉に浸かり、創作活動に熱中したという。
その源泉館は今では日本を代表する湯治場だ。実際にその湯に浸かってみると、源泉の湯温は約30度なので、身を浸すとやや冷たいが、そのまま入っていると体が徐々に温まってくる。この温泉の重要な点は泉質もあるが、この湯温にある。
湯治は、日に何度も長時間、湯に浸かることで、体内の自然治癒力を喚起させるのが大きな効能だ。そのため、湯が熱ければのぼせてしまったり、湯あたりするなどの弊害がおきる。しかし、下部温泉のように湯温が低ければ体力を損なうことなく、湯治に専念することができるのだ。
それでも、30分ほど湯に浸かっていると、徐々に暖かい湯が恋しくなってくる。そんな時は40度近くに加熱された、小さな浴槽に浸かる。その上がり湯と冷たい源泉を交互に入浴するのが湯治の習いらしく、効き目も高い。
鱒二はこの湯を晩年まで愛したという。また、鱒二の在りし日の姿を知っている、源泉館54代目・石部尚さんの話によると、氏はこの源泉を水樽に詰め、日々の飲料水として使っていたとも。ヤマメを追いかけ、渓流を歩き、ゆっくりと湯に浸かる。釣りによって鍛えられる足腰。湯治と飲料によって内臓も快調。飯と酒は身体の中に「ずん」と吸い込まれる。
鱒二の強筆はこの下部温泉の釣りがもたらしたのではないか、と思ってしまう。
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