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釣りは人生なり (本誌P.25) 文◎大川直
「破天荒釣り師」(滝 一著・小学館文庫)という本がある。神奈川県相模湖のヘラ鮒釣り名人として、全国にその名を馳せる近藤市太郎氏の歩みを、約20年間にわたって追ったノンフィクションだ。今年発行された単行本だが、たまたま出版に携わった人から、近藤市太郎氏のことは何回か耳にしていた。とにかく凄い、と。

相模湖のヘラ鮒釣り師たちは、もっぱらナイトゲームを行う。そして、魚拓を取るに値する、一尺四寸(42.5センチ)以上の「型もの」と呼ばれる大型ヘラブナだけを狙う。小さな、それでいてひと晩を快適に過ごすことが出来る、そんなシステムが完成されたボート上で、朝まで電気ウキを睨み続けるのだ。

約30年の間、近藤市太郎氏は、多い年には一年で200日も相模湖に通い詰めた。当然、生活はぎりぎり。それでも釣り続けた。こうして前人未踏の“型もの218枚”、という大記録は達成された。
「もう、いいや、っていうのは俺にはない。80歳になってもない。死ぬまでやるよ」と語る近藤氏には、相模湖でやり残したことがある。二尺(約60センチ)の超大型ヘラブナを仕留めることだ。

富も地位も生み出すことはないヘラブナ釣りに、人生すべてを打ち込む。なぜ、そこまでして? 誰もが抱く疑問だろう。しかし、これだけは誰にも負けない、というものを持つ人は少ない。近藤氏は間違いなくそれを持っている。自信に満ちている。近藤氏にとって釣りは人生であり、人生は釣り。理由などは必要ない。