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(本誌P.31〜32) |
文◎歌野タケシ
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レネ・ハロップと初めて会ったのは、今から8年前のことだ。今回掲載された、何かを夢中でしゃべっているレネの写真は、その初めて出会った年に、ラストチャンスという集落にある小さなレストランで撮った。僕はテーブルを挟んでレネとさしむかいに座り、その頃愛用していた35mm判一眼レフカメラでスナップした。使っていたレンズは20mmだったと思う。外の光が差し込む窓際の席に座ったものの店内は薄暗く、ASA100の感度では十分な露光が得られなかったのか、このカットは少しだけブレている。絞りは開放に近い。しかし、このリバーサルフィルムをルーペで眺めると、拡大されて視野に入ってくるポジの隅々に、あの日の朝の雰囲気が鮮明によみがえってくる。
レネ・ハロップは、もはや本国アメリカ合衆国でも伝説となったプロのタイヤーだ。マッチング・ザ・ハッチが概念化しようとした激動の70年代を生きたタイヤーとして、多くのフライフィッシャーマンから神格化された存在といってよい。そして、こんな絵を描く有能なアーティストでもある。
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レネによって制作されたアートは、色彩といいデッサンといい、どことなくエキゾチックで仏教美術のようだ。そして、アジアに生まれ育った、私たち日本人の目にも懐かしい感慨を抱かせるものである。彼の描く絵がそんな雰囲気をもっているのは、彼がわれわれと同じモンゴロイドであるネイティブアメリカンのクォーターであるせいかもしれない。
初めて会ったとき、彼はいきなり僕にこう尋ねた。僕は答えに窮した。
「日本のアイヌの人々は最近どのような状況なの?」
レネ・ハロップという男は、フライタイヤーであり芸術家である前に、そんな人間なのである。絵にも博愛の意思を感じないか?
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