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(本誌P.33〜36) |
文◎木下卓至
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マタギの松橋時幸さんは、マタギの里として知られる秋田県の阿仁町で松橋旅館という宿を経営していらっしゃる。現在は息子さんご夫婦が旅館業を受け継いでいるが、松橋さんが語って聞かせてくれるマタギの話は、鹿肉料理や冬場の熊鍋以上にこちらの旅館の名物になっている。夕食後の囲炉裏端、かつて松橋さんが仕留めた熊の毛皮の敷物に腰を下ろすと話は始まる。取材のこの日も、一通り釣りの話を聞き終わると冬場の狩猟の話になった。ここからはもう松橋さんの独壇場。今の時代のこととは思えない武勇伝が出てくる出てくる。気がつけば身を乗り出して、食い入るように聞いていた。 |
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集団狩猟ゆえに厳しかったマタギの掟やルール、それを守らなかったときに課せられる罰のことなど、経験が豊富なだけに話のバリエーションには事欠かない。なかでも生命にかかわる大ピンチからの生還の話はすごかった。一人で雪山に入り、雪の割れ目に落ちて身動きが取れなくなったこと。崖から滑落して足を骨折し、何時間か這って人のいるところまでたどり着いたこと。軽い冗談のように話すのだが、その場でのとっさの機転や生命力の強さには感心するばかりだった。「この人は、山では絶対に死なない」というのが、カメラマンとの一致した感想だった。
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松橋さんが先輩から受け継ぎ身につけたマタギの知恵や技も、もう途絶えてしまいそうだという。残念だ、何とか残して欲しいと思う。でも、もし自分がマタギの修行に堪えられるかと聞かれれば、もちろん自信なんてない。いや、無理だ。文明社会にどっぷり浸かってしまった身には厳しすぎる・・・。翌朝、松橋さんは片道4時間の山を歩いてキノコを採りに行くと、元気に出かけていった。その後ろ姿は、まだまだ若いモンに任せちゃおけないと、語っているようだった。 |
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