「幻の魚・イトウ」、この魚に「幻」という文字を冠したのは、開高健氏。その著書『私の釣魚大全』には、「釧根原野で《幻の魚》を二匹釣ること」という章が収められているが、この話が記された1968年当時から、すでにイトウは幻であったのだろう。現在、北海道のイトウは、その個体数が年々減少する一途にあり、環境省のレッドリストで絶滅危惧IB類に指定され、いくつかの河川湖沼では絶滅した生息地もある。 そのため遺伝子、分類学上の研究は、いまだ解明途上だ。モンゴルに生息するアムールイトウ(タイメン)など、世界にはイトウ属の仲間が大きく分けて5種類ほどいるが、海を行き来する個体は、北海道とサハリンに生息するイトウのみ。そのなかでも、減ったとはいえ開発の進んだ北海道に「存在すること自体が奇跡だ」と評価する欧米の研究者もいる。そして、この奇跡を現実にした仕掛け人が釣り人であることは知られていない。森羅万象の聖魚ともいえる大魚・イトウと人々の希望。釣り人がイトウに注目するということは、自分たちの未来を見つめることに他ならない。
写真◎知来 要 Photographs by Yo Thirai
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