出雲大社の眼前に広がる大社の海――。日本海に突き出るように延びる日御碕は、原始の時代からブリやヒラマサ、マグロなどの青物の好漁場として、その存在が知られていた。また、マダイは勿論、キジハタやレンコダイ、そしてシロイカやアオリイカなど一年を通してさまざまな魚種が釣れる豊饒の海だ。そういった対象魚を求めて釣り人たちは、メタルジグやタイラバ、インチクなどのルアーで大物を狙う。そうここは、海のルアーマンにとって格好のフィールドが広がっているのだ。ソルトウォーター・ルアーのスペシャリスト、佐々木洋三氏が大社の海を釣った。
深く藍色に染まる海の中へ、キラキラと色鮮やかなルアーが吸い込まれていく。しばらくするとルアーが着底し、スプールを押さえた指先の抵抗を感じなくなる。クラッチを戻し、晴れ渡った空に向かってゆっくりとロッドをしゃくりあげる。そのままの姿勢で数秒ほど頭をたれ、目を閉じる。いつの頃からか船釣りでの一投目は、ロッドを握ったまま黙祷することが儀式となった。何を考え、何を思うかはその日の気分だが、基本的に多くは望まない。船の上で、無事に仕掛けを落とせた、この瞬間に感謝する程度のことだ。この日も、晴れ渡った空と穏やかな海に、謙虚に「どうもありがとう」と心のなかでつぶやいた、その瞬間だった。ガッツーンとした強いアタリがロッドをしならせ、慌てて合わせを入れると、ピンと張ったPEラインが小刻みに左右に揺れている。すばやくハンドルを巻き上げるが、ドラグがゆるく空転してしまう。「落ち着け、落ち着け」と心の中で念仏のように唱えるが、儀式のわずかな沈黙をいとも簡単に破った突然のアタリに、初心を忘れ、我を忘れ、何もかも忘れ、「キジハタは、ポンピングしないであげてくださいよ」という、幕島丸の大国彰彦船長の言葉も当然忘れて、それでもなんとか魚を水面に引きずり出す。絶妙なタイミングで差し出された船長のタモ網に魚を納めてみれば、あまりに神々しい黄金色に輝く立派なキジハタだった。9月上旬、島根県出雲市日御碕艫島沖での釣りは、いささか劇画チックに幕を開けた。
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