● 約束の川 あの川はどこへいった ●
あの川へもう一度行きたい、と僕はこのところ思いつづけている。
そんな川はめったにあるものじゃない。なぜなら、もう一度行きたいと思うほどの川があれば、思うより先にさっさと行ってしまっているからだ。あの川へもう一度行きたい。そう思いつづけているのは、行けないからである。僕のあやふやな記憶では、それはたぶんI川の上流域か中流域である。連れていってくれたのは、岩手県一関に住む友人の吉田喜春さんだった。十年ほど前の、初夏のよく晴れた日だったことを覚えている。そんなふうに場面の断片だけが鮮明に自分のなかに残っている。あの川へもう一度行きたい。今年の七月、吉田さんに頼んで「あの川」とおぼしいI川に同行してもらった。中流域も上流域も、吉田さんがかつてよく行った流れを長い時間かけて歩いてみたが、十年前のあの川はついに現われなかった。あの川はどこへいったのか。もしかすると、僕がいつからか頭のなかでつくりあげた夢の川、あるいは川の夢なのだろうか。
文◎ゆかわ ゆたか
写真◎阪東幸成